最強の包丁とは?(家庭用の場合)


一般家庭内における「最強包丁」というからには、「手頃に買える価格で、切れ味が良く、それほど錆に気を使わなくて済む」という条件を満たさなくてはなりません(さらに研ぎやすい事も重要です)

1万円以上の高級包丁であれば、さまざまな意味で「最強っぽい」のはありますが、「手頃な価格で」という条件が加わると、とたんに難しくなります
ここでは、家庭で普通に使う場合を想定して、「最強の包丁とは何か?」を、実例を挙げてみました

硬度を「最強」にすると、家庭では使いづらい


ZDP189に代表される粉末ハイス鋼は、刃物マニア向け包丁としては最強かもしれませんが、間違っても一般家庭用とは言いづらいです
白紙1号水本焼」は、職人用包丁としては最強ですし、ある意味「究極至極の包丁」です。ですがこれも、家庭で使う包丁ではありません
硬度だけで考えると、セラミック包丁が最強になってしまうのですが、材質的に脆く、衝撃に弱いです。そういう意味ではむしろ脆弱とも言えます

オールステンレス包丁」は、衛生的には良いのですが、逆に言うとそれだけであり、握った際のフィット感が犠牲になっています。水濡れ時に滑り易く、どちらかというと「業務用の包丁」です
ダマスカス包丁」は、見た目は最強っぽいのですが、装飾用積層鋼材を貼っただけで、構造的には普通の三枚合わせと変わりません。外観ばかりにコストがかかっいて、価格も高めですので論外です

こうしてみると、特定の方向に突出した性能を持つ包丁(鋼材)は、その性能が突き抜けすぎているために、一般家庭用としては様々なデメリットが出てしまう事がわかります

家庭用の包丁としては、やはりある程度の性能バランスが必要です

ステンレス包丁のジレンマ - 切れ味を良くすると、錆びやすくなり価格も上がる


「個性的で突出した性能の包丁は、家庭用としては使いづらい」ということならば、「ごく普通のステンレス包丁が、実は一番良いのではないか?」と思いたくなります

だがここで、ステンレス包丁特有の二律背反が出てきます

ステンレス系刃物鋼材の特徴として・・・
切れ味を良くするために、含有炭素量を上げると、耐蝕性が悪くなり、ステンレスなのに錆が出やすくなるのです
さらに、価格面を加味すると、「高い耐蝕性と高度な切れ味、低廉な価格、この三条件をすべて満たすステンレス鋼材は、現状では存在しない」・・・ということになります

具体的に、ステンレス系鋼材を挙げると・・・

420J2は、ステンレス系刃物用鋼材としては価格が低廉で、耐蝕性も優秀ですが、(刃物としては)硬度を高くすることができず、切れ味もイマイチです(刃物用鋼材ではありますが、あまり包丁には使われていません。安物の果物ナイフなどに使われることはありますが、包丁用の鋼材としては、柔らかすぎて使用に耐えません。)

12C27AUS-6などのステンレス鋼材ですと、HRC硬度は55~58あたりになり、価格的に手頃で、耐蝕性も良く、包丁として「使えるレベル」になります。ある意味「硬すぎなくて使いやすい」部分もありますが、別の味方をすると凡庸にも思えます

440AAUS-8あたりの鋼材になると、HRC硬度も58前後となり、価格、耐蝕性、切れ味のバランスが取れてきて、いわゆる「一般的に使い良い包丁」になります。すべてが及第点に達していますが、突出したところもないため、どこにも「最強」的な要素はありません
とはいえ、最もバランスが取れていると言うこともでき、(最強ではありませんが)「普通の家庭用包丁」として、最もおすすめできるかもしれません

440CATS34レベルになると、硬度も60近くまで持っていくことができ、切れ味的にはかなり高くはなるのですが、その分価格も高くなってしまい、痛し痒しです

最近人気の「VG10」は、硬度も60前後出ますし、刃持ちが良いのは認めますが、研ぎ上げ直後の「ここ一発の切れ味」で勝負するタイプではありません。価格も高いですし、大量の食材を処理する業務用包丁としては良いのですが、少なくとも「家庭用の最強」ではありません

コバルトスペシャルは、炭素鋼を彷彿とさせる高度な切れ味があり、個人的にも愛用していますが、鋼材としてマイナーであり、包丁に仕立てているメーカー自体が少なく、価格も高額です

ここでは具体的に鋼材名を挙げてみましたが、包丁の商品説明に鋼材名が明記されていることは、あまりありません
鋼材名を出すことが積極的に顧客訴求力を高める場合を除き、クロムモリブデン鋼や、モリブデンバナジウム鋼など、「包括的な名称」で表示されていることがほとんどです(要は、刃物用ステンレス鋼材と言っているのと、なんら変わりません)

ちなみに同じ刃物でも、趣味性の高いナイフの場合は、具体的な鋼材名を明示することが普通となっており、その影響でしょうか、ナイフメーカーが製造販売する包丁は、鋼材名まで明らかにされていることが多いようです

炭素鋼と同等の切れ味を、ステンレス鋼材で出そうとすると、価格が3倍になる

結局のところ、炭素鋼と同程度の切れ味をステンレス系鋼材で出そうとするのは、かなり至難の業です

高硬度に仕上げ、耐摩耗性を高めて、刃持ちを良くすることはできるのですが、「のっぺりした刃」に仕上がりやすいので、研ぎ上げた際の一発の切れ味では、どうしても炭素鋼に太刀打ちできません(一旦切り込んでしまえは、さほど変わりませんが、切り込む際の「刃のかかり」の時点で差が出ます)

そこをさらになんとかしようと、改良を重ねると、今度は耐蝕性が悪くなり、えらく高額なステンレス鋼材になってしまうのです
そういう意味では、ステンレス包丁は、「どこでバランスを取るか」であり、ある意味「妥協の求められる包丁」です

具体例を上げると、コバルトスペシャル鋼材は、関孫六10000CL、15000STに使用されていますが、どちらも三徳包丁で1万円を超す価格です。炭素鋼複合材の関孫六4000CLに比較すると3~4倍程度の価格差があります

仕上げの違いもありますので一概に比較できませんが、炭素鋼は比較的安価な鋼材です
炭素鋼と同程度の切れ味をステンレス鋼で出そうとすると、価格差は2倍では収まらず、3倍程度になって、なおかつ錆びやすくなってしまうのです

炭素鋼が安価でよく切れるのなら、錆さえ防げば最強ではないのか?

長くなりましたので、ここまでの解説を、一旦まとめてみましょう
  • ステンレス包丁で低価格のものは、切れ味が今ひとつである

  • ステンレス包丁で炭素鋼と同等の切れ味を求めると、価格が高額になり、耐蝕性も悪くなってくる

  • 結果的に、ステンレス包丁を選ぶ際は、どこかで妥協する必要がある

それでは炭素鋼は、どうなのでしょうか?

日本刀の例を持ち出すまでもなく、炭素鋼(ハガネ)は素晴らしい切れ味を持っています
耐蝕性に難がありますが、刃のかかりが良く、研ぎやすく、なおかつ(大量生産すれば)かなりの低価格で作ることができます

錆さえ防げば、炭素鋼の包丁は、まさに最強です

和食の職人さんは、炭素鋼の和包丁を日々大切に手入れして使いますので、錆などが浮く余地はないのですが、一般家庭では、なかなかそうもいきません

どうしても面倒に感じる方が多いようで、実際に、炭素鋼の家庭用包丁は、大きなメーカーでは製造するところが少なくなってきました

炭素鋼の錆を防ぐには、切刃以外をステンで覆ってしまえば良いのでは?

この炭素鋼の弱点である「錆やすさ」ですが、完全解決することは難しいにしても、部分的に解決することは可能です
切刃のみを炭素鋼にして、その両側面をステンレス材で挟んでしまえば、「刃先は切れ味がよく、刃先以外は錆に強い」という、いいとこ取りの、素晴らしい特性に仕上がります
これがいわゆる、「炭素鋼複合材」です

複合材はクラッド材とも呼ばれ、異なった金属を接合させたものです
 貝印は、炭素鋼の複合材を、「ハガネ三層鋼」、もしくは「複合三層鋼」と呼んでいます
切れ味の良い炭素鋼と、錆びにくいステンレス材の良いところのみを活かした、素晴らしい利器材と言えるでしょう

確かに、そのような構造にすれば、刃の部分のみに炭素鋼が露出した形になります。側面は、粘りと耐蝕性を兼ね備えたステンレス材で挟んでしまえば、硬くて粘りがあり、研ぎやすくて折れにくく、切れ味良いのに錆にも強い包丁のできあがりです

これはある意味、包丁の理想形でもあります
ネガティブば要因は、「切刃部分が錆びやすい」というだけですので、使用後の水滴さえ拭っておけば、刃体全体が錆びやすい包丁と比べて、大幅に実用性が向上します

特に、刃と柄のつなぎ目の部分は、水分が侵入して腐食しやすく、包丁の寿命を縮める一因となりますが、炭素鋼複合材は、この部分がステンレスで覆われているため、耐久性に富んでおり、安心して長く使うことができます

利器材を軽視する人もいるが、家庭用としては最強の包丁

炭素鋼とステンレスの複合材は、基本的に工場で生産されます。金属表面を酸化させずに接合するのは、大掛かりな無酸化炉が必要となり、個人企業の鍛冶屋さんでは、到底真似ができません

このような、工場で圧延接合した複合材は、「利器材」と呼ばれ、同じ複合材でも手打ち鍛造で鍛接したものとは区別されます、(手打ち鍛造の場合は「ハガネ」と「軟鉄」の鍛接です)

さてこの、利器材ですが、なぜか刃物業界では軽視されることが多いのです

特に、手打ち鍛造包丁の販売業者さんは、「手打ち鍛造品」を持ち上げるために、「利器材を使用せず、手打ちにこだわって生産しています」などと、言ったりします

「ハガネの手打ち鍛造包丁」が素晴らしいことは否定しませんし、むしろ肯定するものですが、「ハガネの手打ち」は、お値段が高すぎるのが難点です
何しろ「熟練の職人さんが、一本一本心を込めて手打ち鍛造している」のですから、人件費がかかってしょうがないのです

ワタシもそういう包丁を使っていますので、手打ち鍛造品の価値はよく判っているつもりです
実際に、薄刃包丁で大根の桂むきをしていると「これに優るものはないなぁ~」と、しみじみと感じます
ですが一般家庭で、どれだけの方が、大根の桂むきをするでしょうか?
尾頭付きの魚をさばくことも減りましたので、出刃包丁や柳刃包丁の登場機会も減っています

そう、手打ち鍛造包丁というのは、その価値を最大限に発揮できる和食の職人さんのものであり、価格の高さやメンテナンスの面倒さを考慮すると、あまり一般家庭向きではありません

そういう意味では、「ハガネの手打ち鍛造品」に迫る切れ味を、「極めて低価格」で実現し、一般家庭で使いやすいように「側面を錆びにくくした」というのは、ある意味「包丁の理想形」に近いと言って差し支えないでしょう

見た目はどこにでもありそうな包丁で、外観も地味なため、今ひとつ人気が出ず、あまり売れていないようですが、これほど過小評価されているタイプの包丁もないと思います

家庭用としては、「最強の包丁」と言ってよいのではないでしょうか?
V金10号の包丁で喜んでいる方は、このような、炭素鋼複合材の切れ味を一度試してみると、驚かれることでしょう

炭素鋼複合材の包丁は、どれを選べば良いのか?

わたしが愛用している関孫六4000CLは、すでに生産終了となっており、現在入手が困難です
ですが、炭素鋼複合材の包丁は、今でも関孫六ブランドから複数商品が販売されています

高いものでは、プレミアシリーズに「関孫六10000CC」があり、かなり仕上げにコストがかかっているため、安い包丁ではありません。ただ、「仕上げの良い包丁を使う喜び」というのもありますので、予算が許す方は良いと思います

10000CC以外に、ハガネとステンを合わせた利器材を採用している包丁としては、「関孫六・安土」と「関孫六・桃山」があります

「安土」は樹脂グリップですが、刃体の下半分はブラスト加工されており、刃体だけを見ると4000CLのそれとそっくりです。推測ではありますが、グリップ以外は4000CLとほぼ同じ製品なのではないかと思います
口金が無くハンドル材が樹脂ですので、商品価格を抑えることに成功しており、実売価格は2500円程度となっています(三徳包丁の場合)
実質3000円以下で購入できる包丁としては、最強の切れ味(最強の包丁)ではないかと思います

また、「桃山」の方は、10000CCとよく似た感じの、刃紋の浮き出た刃体が採用されています
刃紋が波打っているといっても、「手打ち鍛造」ではないでしょうが、クラッド材でこの外観に仕上げられるというのは、(鋼材メーカーの功績かもしれませんが)すばらしい技術力だと思います
「桃山」は、ありていに言ってしまえば、口金を省いた廉価版10000CCといった感じです
桃山は、ハンドル材が積層強化木ですので、安土よりは見栄えがします。三徳包丁の場合、実売価格は4000円前後ですので、こちらも4500円以下で買える包丁としては最強ではないかと思います

貝印の他に、炭素鋼複合材の包丁を作っているメーカーは無いか探してみましたが、大手包丁メーカーでは、見当たりませんでした
「藤次郎」は、青紙や白紙などの炭素鋼を使用した和包丁は作っていますが、ハガネとステンの複合材は見当たりません
ヴェルダンの下村工業、グローバルの吉田金属、ヘンケルスやツヴァイリングは、ステンレスの包丁ばかりで、そもそも炭素鋼の包丁自体がありません

いくら優れた包丁でも、その良さが消費者に伝わらなければ、人気が出ることもなく、商品として売れません
売れない包丁は、他のメーカーも真似して商品化しませんので、現状では大手の貝印が作っているくらいです

ここからは、関孫六4000CLの感想です

関孫六4000CL

刃付の精度

刃付は、必要にして充分であり、極端に高いレベルを求めない限り、箱出しでそのまま使えます

小刃には砥石の跡がかなり残っているのですが、拡大鏡でよく見ると、小刃の先端のみが平滑に仕上がっています
おそらく、先端の部分のみ湿式の研磨をかけているか、皮砥を当てるかしているのでしょう、肉眼では判別できませんが、そこだけはギザギザが残っておらず綺麗に仕上がった刃になっています
コストを掛けずに切れ味を出せるよう、上手に仕上げているという印象でした

研ぎ上げると、パリンパリンの刃が付く

三枚合わせの利器材(クラッド材)ですから、おそらく圧延ロールをかけて伸ばしています
まちがっても手打ちの鍛造品ではありません
にもかかわらず、研ぎ上げると非常に鋭い刃が付きます

家には、手打ち鍛造の和包丁(水野鍛錬所製、青紙二号の薄刃)があるのですが、それと遜色ないような、良い刃が付きます これまで、「利器材は、大量生産品の安物」というイメージがありましたが、そのイメージを完全に覆してくれました

ハガネにも、SK120といった手頃なものから青紙スーパーまで、さまざまな鋼材があります。この4000CLに使用されているハガネの種類は公表されておりませんし、炭素量の割合も判りません。
あくまでも推測ではありますが、商品価格と刃持ちの状態を考慮すると、青紙鋼のようにタングステンやクロムを加えて摩耗性を高めたものではなく、おそらく白紙鋼に類似した系統の鋼材ではないかと思われます

仕上げは価格相応

高価格帯の包丁ではありませんので、製品価格の上昇につながるようなコストのかかる仕上げは省かれており、価格相応の仕上げとなっています

商品毎、製造ロット毎の当たり外れもあるかとは思いますが、わたしが購入した製品には、口金部分にグラインダーを当ててしまった跡が残っていました
この部分は、ブレードの両側から軟ステンレスを挟んだクラシカルな『合わせ口金』となっていますが、この切削整形、もしくは研磨時に生じたものでしょう

貝印関孫六4000CL仕上げ

また、アゴのカーブ部分も、バリが残っているとまでは言いませんが、鋭角にエッジが立っており、断面のグラインダー跡も残っています。また、ブレードと積層強化木の合わせが甘く、(画像に写っているように)口金の後ろに小さな隙間が生じています。

補足:これはペティナイフですので、アゴ近辺の仕上げ具合は、機能にさほど影響がありません
とはいえ、大きめの包丁ですと、アゴのカーブ部分に中指を差し込んで持つ時もありますので(和食の持ち方かな?)、アゴ近辺がどのように作られているかは、ホールド感を左右する重要なポイントです

具体的にいうと、アゴのカーブの付け方(カーブ半径)、口金からアゴにかけての断面を研磨して整えているか否か、そして断面のアールの付け方(面取りの状態) …などです
ここの仕上がりが丁寧であれば、それだけで「高いやつや~!手間をかけて、きれいに仕上げてある!」と感激したくなるところです
同じ貝印でも、関孫六10000CLなどは、アゴ近辺の作り込みが実によくできていて、カーブの角度といい、親指にぴたりと沿うような口金の角度といい、使い手のことがよく考えられているということが、握る度に手から伝わってきます(高いだけのことはあります)

関孫六4000CLブレード

ブレードの峰と口金の繋がり具合も、もう少しなだらかであればよいのですが、今ひとつの感じです
この4000CLは刃物店で購入したものではなく、古物商から入手しましたので、もしかするとアウトレット品を掴まされのたかもしれません。とはいえ、この程度の瑕疵であれば、自分でカスタムを兼ねて修正できるので、さほど気になるほどではありません

関孫六4000CL 総評

このように、「関孫六 4000CLペティーナイフ」は、いささか仕上げの甘いところも見受けられますが、コストをかけにくい普及価格帯の製品としては、すばらしい切れ味を持っており、クラッド材でよくここまで引き出せるものだと感心します
価格に対する切れ味のコストパフォーマンスで考えれば、非常に高い価値を持った包丁だと思います

現在では4000CLは廃番となりましたが、炭素鋼のクラッド材を使用した包丁は、今でも販売されています
炭素鋼(ハガネ)ハガネは手入れを怠れば錆びますので、主婦層からは敬遠されがちで人気も低く、商売的な旨味も少ないかも知れませんが、後継機種や、似た造りの包丁の販売を続けているのは、貝印のすばらしいところだと思います(関孫六の「安土」、「桃山」、「10000CC」などが該当します)


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