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裏すきの修整 - 和包丁のカスタム(薄刃包丁)


半鏡面のヘアラインに整えた裏面(裏すき)

和包丁の裏すき修正
和包丁の裏すきの修整は、なかなか大変な作業です

焼入れしたハガネですので硬度が高く、なかなか削れないというのもありますが、それ以上に、
裏すきの凹面を崩さずに、裏押しを広げずに作業しなければならないという制約があるからです
それでもなんとか、仕上げることができましたので、順を追って見ていきましょう

注意 : 和包丁の裏面は、本来あまり手を加えるべきところではありません

この包丁は、裏面にも錆が広がっていますので、やむを得ず錆を取り、裏すき面を整えていますが、万人におすすめできる作業ではありません
どちらかというと、かなり特殊で一般的でない作業になります

金属表面加工の経験が充分にあり、なおかつ裏すきの構造的意味を理解している場合を除き、あまり手を出すべきではないことを明記しておきます(やる時は、自己責任で!)

「裏打ち・裏出し」について(補足説明)

「裏すき」の修整作業には、「裏打ち」もしくは「裏出し」と言われるものがあります

裏切れした鉋(かんな)の修復を目的として行われるもので、刃を金床に当てて鎚を振るい、叩いて裏すきを出し直す方法です。(叩き出した後は、裏押しをして刃裏を整えます)

焼入れ後のハガネを叩いて曲げるという、ある意味恐ろしい作業です
叩く場所と強さを間違えると、刃が割れますので、修練の必要な高難度作業です

わざわざ叩いて裏出しするのには理由があって、「かんな」という道具の構造上、刃の厚みを薄くできないことに起因します(下手に薄くすると、刃の固定位置が適正範囲から外れてしまうため)

このページに書いている「修正作業」は、薄刃包丁の「裏」にサビが出ているので、裏の凹面を崩さないようにサビを除去し、面肌の状態を整えるという修整作業です
裏切れを修復するとか、ベタ裏の包丁に裏すきを入れ直すとか、そういったたぐいのものではありません

状態確認:錆の浮いた裏すき

和包丁の裏すき(サビ取り前)
包丁入手時の裏すきは、このような状態でした

嫌な感じの赤黒い錆です
全面を覆うような薄赤い錆は、根が浅く、表面のみを軽く腐食していることが多いので、少し削れば簡単に除去できる場合が多いです(単に酸化皮膜が生じている状態)

しかし、このように黒っぽく点状に散らばっている錆は、腐食痕がピンホール状に貫入していることが多く、いささか厄介な錆になります

表面に浮いた錆を落とし、状態を再確認

和包丁の裏すき(サビ取り後)
DAYTONA
耐水ペーパー
#320
#320番の耐水ペーパーを使って、大まかに錆を落とした状態です
表面を薄く研磨しただけですので、斜めに走る木目の跡も残っています

サビの状態ですが、ピンホール状に内部に食い込んでいる腐食跡はそこそこ深いようで、このような軽い研磨では取り切れないことが判ります

「さて、どうしましょう?」

裏すき(裏面)は、内側にゆるい凹面になっており、刃抜けを良くするための和包丁の肝とも言える重要な部分です
この、凹面を崩さないようにしながら、効率よく研磨するにはどうすればよいのか、かなり頭を悩ませました

アールを付けた小さな砥石で、裏押しを避けて磨く

和包丁の裏すきの修正
ホーザン
ラバー砥石

#120

スエヒロ
サビトレル

#180

ホーザン
ラバー砥石

#320
結局のところ、砥石を加工して、裏すき研磨用の専用砥石を作って研磨しました

具体的には、1000番の砥石に切れ目を入れて割り、修正砥石を使って削って加工し、裏すきの凹面に合うようにアールを付けて凸面に加工し、使用しています
実際に使用した砥石の詳細は、こちらのページ で解説

力が逃げないので、力を込めてぐいぐい削ることができ、効率よく腐食跡を削り取ることができます
刃筋を含む裏押しの部分には、なるべく当てないように配慮しながら研磨しました(当てる場合は優しく当てています)

かなり特殊な作業です。裏すきの形状がぶっ壊れて包丁が台無しになるといけませんので、安易に真似しないことをおすすめします

どうしても同様の作業を行う場合は、左の画像のような「ゴム砥石」を使うことをおすすめします

砥石と異なり弾力性がありますので、角が当たってもそこだけが掘れたりしにくいです
また、擦っているうちにゴムが摩耗し、裏すきの凹面に沿うような形状に変化していきますので、裏面のカーブを崩さずに研磨しやすいです(裏すきの面に合うように、最初からゴム砥石を削って使用すると、なお良いと思います)

左の3種のゴム砥石は、粒度が明示されていますので、仕上がりの目の荒さが想像でき、安心して使えます
積極的に削りたい場合は120番などの粗目のゴム砥石を、軽く研磨したい場合は320番の粒度を使用するとよいです(力の入れ具合でも、ある程度コントロール可能です)

ちなみに「スエヒロ」のゴム砥石は、研磨粒子がホワイトアランダム(溶融アルミナ)となっています。普通なら安価なカーボランダムを使うところでしょうが、砥石の専門メーカーだけあってさすがです(高評価)
これなら焼入れしたハガネも充分研磨できることでしょう

ホーザンの研磨粒子は不明ですが、形状が角柱型になっており、握って力をかけやすい点が優れています(そのため、ロードバイクのリム磨き用として確かな評価を得ています)
スエヒロが180番だけでなく、#320粒度の品も発売して、さらに形状も角柱型なら言うことないと思います

和包丁の裏すきの修正
かなり手強かったピンホール状の腐食痕ですが、ほぼ落とすことができました

平や切刃の軟鉄部分は、柔らかいのでそれほど苦労しませんが、鋼(はがね)の面はかなりの硬度が出ていますので、このような修正は、かなり根気が必要な作業となります

和包丁の裏すき修正(拡大)
錆を落とした後の状態を拡大すると、このような感じです

刃筋の近く周辺に腐食痕が残っていますが、ここを下手に研磨すると裏押しが広がりかねないので、あえて手を加えていません
(使用に伴って研ぐ毎に自然に減っていく部分ですので、この時点で無理に削って減らす必要はないと思い、意図的に残しています)

画像の矢印の先の部分が銀色の線状に光っていますが、この部分が「裏押し」に当たります
裏押しが広がっておらず、糸のように細いので「糸裏」と呼べるような好状態を保っています

裏すきの面の状態を確認

和包丁の裏すきとは
木片を当て、裏すきの面に崩れが生じていないか確認してみました
特に問題なく、きれいな凹面が維持されているようです

ピンホール状の腐食痕がなかなか取れないので、かなり研磨したようにも感じましたが、それは鋼(ハガネ)が硬いからに他なりません
(推測ではありますが)実際には、10~20ミクロン削った程度ではないかと思います

砥石で付いた磨き目を、サンドペーパーで薄くする

和包丁の裏すき修正
DAYTONA
耐水ペーパー
#1000

DAYTONA
耐水ペーパー
#1500
砥石の目がかなり強く残っていましたので、軽く耐水ペーパーを当て、砥石の目の角を落として少し滑らかにしてみました

焼入れしたハガネは硬度が高いため、耐水ペーパーの研磨粒子があまり深く食い込みません
そのため1200番のペーパーでも、これ程度の映り込みが出てきます
カイサキの軟鉄部分と比較すると、違いがよく判ります

同じ番手(粒度)で研磨をかけても、相手の硬度次第では、仕上がりも全く違ったものになるという良い見本です

※ サンドペーパー(耐水ペーパー)は、どれも同じではありません。品質の確かなものを選びましょう
画像のモノタロウのペーパーは価格的には非常に優位性があるのですが、正直言うとキレが今ひとつでした
鉄サビなどの硬度の低いものを削り落とすなど、ケレン作業には充分だと思いますが、焼入れしたハガネなど高硬度金属を研磨する際は、キレの良さが効率を大きく左右します(品質の確かな製品を使いましょう!)


左の画像の耐水ペーパーは、二輪用品メーカーのDAYTONAが販売していますが、中身は実質「三共理化学」の耐水ペーパーです (裏面に「SANKYO」と印刷してあります)
高品質の耐水ペーパーは、キレが良いだけでなく、粒度の均一性が確かです(コレ大事!)
デイトナのペーパーはサイズが小さめですが、価格対総面積で考えると、それほど悪いわけではありません
また、amazonで買えるものとしては、TRUSCO(トラスコ)の耐水ペーパーも信頼性が高いです

【 サンドペーパーについて 】
サンドペーパーにこだわりたい場合は、サンドペーパー(耐水ペーパー)はどれも同じではありません …のページをご覧ください
有名どころのNCA(ノリタケ)、三共理化学、コバックス …について解説しています

裏すきを半鏡面のヘアラインに仕上げる

和包丁の裏すき修正
堺孝行
鎌型薄刃
銀三鋼

最終的にコンパウンド掛けを施し、「ややヘアラインが残っている半鏡面仕上げ」の状態に仕上げました
この面を完全に鏡面にすると、食材が貼り付くなどして逆に抵抗が増し、切り抜けが悪くなる場合があります。そのためこの程度にとどめています

実際に使用してみて、万一食材の貼り付きなどが気になるようであれば、サンドペーパーを使って鏡面度を落とし、少し粗目のヘアライン仕上げに戻そうと考えています