ブライトホルン登山後記2(難易度と必要な登山技術)

最終更新日: 作者:月寅次郎

ブライトホルン登山後記2(難易度と必要な登山技術)

このページではブライトホルン登山の難易度と、必要な登山技術について解説します

それではまず最初に、なぜ「ブライトホルンが登りやすい」と言われるのか、そこから探っていきましょう

ブライトホルンの難易度「4000m峰の中では登りやすい」と言われる理由

  • 氷壁にへばりついて、アイゼンの先爪だけで登坂するような箇所がない
  • 腕の力で登る必要がない(固定ロープを腕力頼りに登るような箇所が無い)
  • ルートが安定しており、アイゼンの効きやすい圧雪帯が多く、アイスと岩のミックス帯がほぼ無い
  • 足幅より少し広い程度の、ナイフリッジ状の稜線を通る必要が少ない
  • どこまでが雪庇なのか不確かな箇所を、勘を頼りに進むような場所が少ない
  • 雪崩や落石などの危険箇所などがほぼ無い、クレバス帯は迂回しやすい
  • 豪雪があまりなく、ドカ雪によるラッセルの必要性が少ない
  • 万一滑落しても比較的止まりやすい箇所が多く、露出した岩も少ないため、死亡事故に至りにくい
  • 3883m地点までロープウェイで行けるため、登山にかかる実質時間が短く、体力的に強靭でなくとも登坂可能(それでも3000m級を危なげなく登れる程度の基礎体力は必要)
以上が、「ブライトホルンが登りやすい」と言われる主な理由です(実際に登ってみると、実感できると思います)
ただしこれは、あくまでも「他の4000m級の山々と比較すると、死亡事故に直結する危険エリアが少ない」というだけの話です

酸素の薄い状態で、激しい運動や、難易度の高い体捌き、難しい状況判断、高い集中度の長時間継続をしなくて済むというだけの話です

4000mを超えることには変わりはありませんので、それ相応の登山技術と経験、知識が必要です
特に、4000mの酸素の薄い環境下に、自分がどれだけの耐性を持っているかは、自分自身の経験によるしかありません

ブライトホルン登山の看板広告
画像は、ブライトホルン登山の看板広告です
クライン・マッターホルンの構内に掲げられていました
隅の方に小さい文字で「氷河クレバス有り」と書かれてありますが、「登山は楽しいことばかりじゃなくて、危険なことでもあるんだよ」と言っているようです

ブライトホルン登山に必要な技術レベル、難易度は?


アルパインクライミング、及びアイスクライミングの技量は必ずしも必須ではありません
(もちろんそれらを有していたほうが望ましいことに変わりはありません)

アイゼンの先爪だけで立ち込むような箇所はないですし、懸垂下降や、設置ロープにすがって登るような箇所もありません
壁と言えるような傾斜は無いですし、岩もルートから外れています。基本的にはなだらかな雪面を登ることになります(なだらかと書いたのは、四つん這いにならなくても登れるいう意味です。傾斜が緩いという意味ではありません)

あくまでも、夏季で天候が安定、ルート状況が好ましい場合に限ります。強風、降雪、視界不良、低温の場合はこの限りではありません
また、気温が高すぎて雪が腐っていたり、クレバスが出ている場合も、同様です

ただし、アイゼンワークと滑落停止技術、基本的な雪山・冬山対応技術、豊富な夏山登山の経験は、ガイド付き登山の場合でも最低限必要です

基本的には足で登れるイージーな山ですが、「難しくない」と言えるのは、それだけの裏付けのある人に限ります

日本の山で言えば、槍ヶ岳~奥穂高や後立山連山など、3,000m級の山々をテント泊装備で難なく縦走するくらいの練度は欲しいものです

ブライトホルンには、大キレットのような危険箇所はありません。そもそも三点支持が必要な箇所さえありません(足で登れるのです)
テン泊装備でパンパンになった60リッターザックを背負う必要もありません、また、前述のコースのように、何日もかけて山中を歩くこともありません

とはいえそれらのことを、充分な酸素のある2500~3000mあたりの夏山で、一通りこなしておいて欲しいというのが本音です

4000mを超える標高で登山をすることは、日本では体験できないことです
ですので、それ以外の登山の技量や、体力的なことにおいては、全てにおいて上回るレベルのことを国内で練習しておいていて欲しいと思います

そうでないと、余力のない危険な登山になってしまいます

余力のない、ギリギリの登山について

技量と体力に余力のある状態で山に望めば、その登山はとても楽しいものになります
余裕のないギリギリの状態で望むと、ただの苦行にしかなりません

テレビ番組の「イッテQ・登山部」がよい例でしょう

「イッテQ・登山部」の企画で「天国じじい」の愛称で知られる貫田宗男さんは、プロの登山家ですので、番組企画の登山では、体力的にも技量的にも余裕がありありです
アイガーの切れ落ちた稜線上で、手持ち無沙汰なので歯磨きをして、時間待ちをする余裕があるくらいです

番組内でも、本当に登山を楽しんでいる様子が伝わってきます
氷点下5度のテントで、「天国だよ~」と言う気持ちも、よく判ります

ちなみに、冬山登山のテント泊で気温-5度というのは、決して寒い方ではありません
あの時イモトさんが寒がって震えていたのは、何らかの体調不良で身体が冷えきっていたのではないかと思います(でなければ、テレビ的な演出です)

一方イモトさんの方は、クライミングの技量や体力レベルが、余裕のないギリギリの状態で山に望んでいます
もちろん本人の努力は特筆すべきものですが、体力や技量は一朝一夕で身につくものではありません。これは仕方のないことです

そういうギリギリの状態では、お腹が痛くなったり、涙が出たりするのも無理からぬことだと思います

テレビ番組としては、そのギリギリの苦行状態の方が視聴率が取れるのでしょうし、わたしもそんな番組を楽しく拝見している一人なのですが、わたしたちが山に個人的に登る場合には、そんなギリギリの状態で登る必要はありません

自分の技量を超えるような無理な登山をしても、楽しくないだけなのです

イッテQ・登山部のイモトさん
画像右側の女性が、冬の伯耆大山ですれ違った、冬山訓練中のイモトさんです

イッテQ・登山部のイモトさん
視界が悪くて画像では判りづらいと思いますが、赤いグレゴリーのザックの背面には、「イッテQ登山部」のステッカーが確認できました
(最後尾を歩いているのがイモトさんです)


(話がずれてしまいたが、体力と登山の技量を高め、余裕を持って山に望むことは、安全な登山につながるだけでなく、山を楽しむためにも必要ですというお話でした)

登山経験が浅い人がブライトホルンに登る際の、ありがちなトラブル

まず挙げられるのが高山病ですが、それについてはこちらの高山病のページで別途解説しました(ご覧ください)

ここでは、高山病以外のトラブルについて解説しましょう
最もありがちなのは、アイゼンでの雪上歩行におけるトラブルです

前爪付きのアイゼン歩行に慣れていない人は、ズボンの裾にアイゼンの爪を引っ掛けたり、自分で自分の足に引っ掛かって転倒することがあります

「そんなバカなこと、するわけないだろ!」と,軽く考えている人に限ってやったりします
酸素濃度の低い場所で疲労が重なると、注意力が散漫になり、ありえないようなミスをすることがあります(これは本当です)

脚を滑らせた場合に、反射的にストックやピッケルを突き立てて、滑落を止めることができれば良いのですが、とっさに身体が動くようにするには、「身体で覚える」しかありません
(頭で知っているだけですと、とっさの時には役に立ちません)

ブライトホルンの場合は、滑落がクレバス転落に直結しにくいことが救いではあるのですが、それはあくまでも南側の安全な方向に滑っていった場合の話です
西方向に落ちていった場合は、雪庇を飛び越えて空中に放り出され、フリーフォールになる可能性があります(まず助かりません。北方向と東方向も同様に危険です)

滑落を自力で止められない場合は、アンザイレンした人に止めてもらうしかありませんが、勢いがついていたり急斜面である場合は、熟練者でも停止は難しくなります(後述)

足が滑って転倒する場合もあれば、体力不足に起因して脚がもつれる、酸素レベルの低下によって目眩をおこすなど、転倒の要因は様々です(実際は、それらの原因が複数重なって転ぶ場合が多いです)

滑落停止訓練
画像は、初心者を対象に、(ピッケルではなく)ストックでの滑落停止訓練を行っているところです
場所は、モン・フォー山(Mont Fort 3328m)の近く、ルービエ峠(Col de Louvie 2921m)を越えたところで、オートルート踏破中に目にした光景です

このパーティは、この後プラフルーリ峠を超えることになるのですが、峠の手前は結構な雪渓地帯が広がっています(しかも、キックステップが必要になる程度の傾斜もあります)
難所を超える前に、ガイド判断で「『滑る』と『止まる』を、一度体験しておこう!」ということになったのでしょう(ツアー参加者は、雪上歩行には慣れていない様子でしたので、賢明な判断だと思います)

体験訓練の内容は…
1.レインウエアを装着させ、2.(頭を打たないようにしながら)雪面に背中から落ち、3.滑り落ちながら、身体を反転させてうつ伏せになり、4.ストックを雪面に突き立てて停止する
 ・・・という様子でした

下の方で、腕を組んで訓練の様子を見上げているのは、道中一緒になったフランス人登山ガイドのP氏です

「もっと滑るんだ、もっと、もっと~、しっかり滑ってから止まるんだよ~!」
「滑ってスピードが出てから止めないと、練習にならないだろ~」
・・・と、指示を飛ばし、いい意味での鬼軍曹ぶりでした
これは練習ですので、わざわざ滑ってから止まっています。現実の場合は、間髪入れずにすぐに停止姿勢に入って下さい
本格的な「訓練」というよりは、初心者向けに、「まずは体験させて、どういうものか理解してもらう」といった意味合いの強いものでしたが、それでも体験する・練習するということには大きな意味があります

もしも、アイゼン歩行や滑落停止訓練をする機会がありましたら、熟練者の指導の元、安全な場所で、怪我をしないように万全の配慮をして、しっかり訓練して技術を習得してください

練習したからといって、事故の確率がゼロにはなるわけではありませんし、
そもそも「止まらないところ」では、どうやっても止まりません
さらに言うと、滑落を止められるような場所では、そもそも足を踏み外さないものです

とはいえ、事前に練習をする姿勢を持っている人は、行動全般が慎重で事故自体を起こしにくいものです
事故を起こすのはたいてい、「俺は、練習しなくてもダイジョウブ!」といった、根拠の無い自信を持っている人が多いものです

ブライトホルンに登る場合、アイゼン歩行とキックステップは必須の技術になります
日本の雪山でも充分練習可能ですので、10本爪以上のアイゼンでさまざまな雪面を体験し、慣れておいて下さい
アイゼンの装着の仕方だけでなく、長時間歩行しているとどのようにずれてくるのか、底面に雪が団子になって付着すると、どのような感触になるのか…、などなど、実際の歩行を通して、経験から学んで下さい
雪面でのストックをのさばき方も含めて、様々な経験を積んでおくと、現地で戸惑ったり慌てたりすること無く、存分に山を楽しめることでしょう



さて、ブライトホルンの難易度と必要な登山技術について解説してみました
次のページでは、ブライトホルンにおける高山病ついて解説したいと思います
(富士山に登りたいという方も、参考にお読み下さい)

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