ブライトホルン登山2(すり鉢状の氷河を渡る)
クライン・マッターホルンからブライトホルンの間には、南側に「ブライトホルンプラトー」と呼ばれる台地が広がっています
広々としたこのエリアは、圧雪が氷となってすり鉢状の氷河となっています
まずは、この氷河の上を渡って、ブライトホルンの取り付き点まで移動します
登山開始前チェック
クライン・マッターホルンに上がってから、気圧に身体を慣らす時間を、40分ほど取りました
ごく少量の栄養補給、装備確認、ストレッチ、日焼け止めの塗布、トイレ、アイゼン装着など、準備作業をゆっくりとこなし、あたりをぶらぶらしているうちに自然に時間が潰れました
短時間で標高の高い場所に来ていますので、自分の体調に異変が出ていないか、自分で自分をよく観察します
人によっては体調不良の出る標高ですが、これまでの高所順化が効いているのか、特に違和感は感じられません。 おもむろに登山を開始しました
クライン・マッターホルン駅を出ると、そこはスキー場
クライン・マッターホルン駅を出ると、そこはスイスとイタリアの国境にまたがる、なだらかなスキー場です
登山客よりスキー客の方が圧倒的に多いですので、少し気後れするところですが、気を取り直して南方向(イタリア側)に進んでいきます
リフトを左にくぐると、そこからは山の世界の始まりです
雪面に付いていたシュプールは消え、スキーリフトの稼働音も、スキー客の歓声も消えて無くなります
すり鉢状の氷河が見えてきました
「ブライトホルンプラトー」です
一面雪に覆われおり、クラックやクレバスは(端の方に行かない限り)見当たりません
氷が露出していないので、氷河という感じはしませんが、雪の下には氷河が眠っています
ひゅるひゅると唸る風の音と、アイゼンが雪面に刺さる音、そして自分の息遣い…
他には何も聞こえない、雪山の世界の始まりです
クレバスが見当たらなかったというのは、あくまでも「その日はそうだった」ということにすぎません
実際に行かれる方は、ガイドを同伴し、適切な装備を整えてからにして下さい
(一般観光客が足を踏み入れてよい場所ではありません)
ブライトホルンプラトー・すり鉢状の氷河を渡る
目の前に、ゆるやかに落ち窪んだ氷河の台地が広がり、左手方向には(この画像では切れて見えませんが)ブライトホルンが鎮座しています
大きく右方向に迂回してコース取りします
左方向は、氷河がアイスフォールとなって崖下に落ち込んでおり、クレバスも出ています
決して近づいてはいけません
少し歩いて、振り返ってみました
右手にクライン・マッターホルン、その左横に、マッターホルンの山頂が顔を覗かせています
この地点の標高が約3900mですので、4478mのマッターホルンも、ほぼ真横に見えています
ブライトホルンの南斜面が現れる
ブライトホルンの南面は、ゆるやかな裾野に氷雪を湛えており、「白きたおやかな峰」という趣です
この角度から見るブライトホルンは、なんと優美な山容をしているのでしょう!
北面の、溶け落ちたアイスクリームのような姿とは、雲泥の差です
「あれか! あれがブライトホルンか、あれに登るのか!」
その美しさに感動を覚えながらも、これからあの山に登るのだと思うと、緊張と興奮が胸中に渦巻きました
登ったばかりの太陽が、真正面から強烈な光線を投げつけてきます
登山者の真上に頭を出しているのは、西リスカム(4497m)とリスカム(4527m)、リスカムの手前に重なって見えているのはポルックス(4092m)で、カストル(4223m)は右端で顔を覗かせています
10本爪アイゼンを、雪面にザクザクと刺しながら、取り付き点まで歩を重ねます
右側に大きく弧を描くようにコース取りすると、一定の標高を保てるので楽に進むことができます
取り付き点までの間は、ブライトホルンプラトーの上を歩くだけではありますが、確認することは多々あります
その日の身体の状態、息の上がり具合、雪面の状態、靴とアイゼンのフィット具合、アイゼンの効き具合、ストックのスノーバケットの埋まり具合、その日の気温にウエアが合っているか、…などなどです(確かめながら歩きましょう)
この場所での歩行は、酸素が薄いだけで肉体的負荷は低いですので、この時点で何らかの異変を感じるようであれば、登山の中止を検討しなければいけません
すり鉢状の白い台地は、太陽光線を強烈に跳ね返してきます
肌の露出は極力避け、日焼け止めを塗ってはいますが、明日になれば鼻の頭や唇の皮が剥けているかもしれません
サングラスがなければ、確実に雪目になってしまう紫外線量です
人の足跡だけがポツポツと残った白い世界は、神秘的ですらあります
先程まで、人で混みあったロープウェイに揺られ、スキー客の喧騒にまみれていたのが嘘のようです
時折、意識的に深く呼吸をして、頭痛の兆候はないか、吐き気や動悸などの異変を感じないか、積極的に自分の体調をモニタリングしながら歩き、取り付き点まで到達しました
他のブライトホルン登山者を見てみる
登山者の8~9割が、ガイド付きのパーティ登山者です
皆一様にストックを携え、アンザイレンして(ザイルを繋いで)歩いています
「この場所では滑落の危険もないし、ザイルを繋ぐのは山に取り付く直前でも良いのでは?」と思う方もおられると思いますが、恐らくこれは、ザイルを付けた状態での歩行に慣れさせるため、ガイド判断で早め早めに繋いでいるのだと思われます
今回登っていたパーティを、ざっと見渡したところ、山慣れした人だけで構成された熟練者のパーティはあまり見当たらず、ほとんどが「ガイド付きツアー登山」のようでした
おそらく、ハーネスやザイル等の装備に慣れていない参加者を考慮し、問題の少ない安全な場所からザイルを繋いでおくことで、様々な不具合を先に出してしまうと同時に、参加者の慣れを狙っているのでしょう
また、参加者の平坦地での歩調を見ておくことで、急斜面に差し掛かる前に、それぞれの人員の技量を把握し、必要に応じてケアしているようでした
斜面に差し掛かってからは一気に山頂まで登ります
プロのガイドの方々は、登坂の段階でトラブルが出ないよう、その前の段階でさまざまな配慮をしているようでした
ブライトホルンの取り付き点に到達
取り付き点に差し掛かりました
取り付き点では、登山者たちがめいめいに、ザイルやアイゼンなどの装備確認をしたり、ウエアの調整や水分補給などを行っていました
ガイドの方や登山リーダーと思われる方は、声をかけるなどして各員の体調を確認しているようです
この「取り付き点」は、そういった確認作業を安心してできる、最後の平坦な場所です
取り付き点を超えると、一旦停止して休憩が可能な場所は、山頂に至るまでありません
厳密には立ち止まれないわけではありませんが、ルート上で滞留していると、他の登山パーティの邪魔になるので、マナー的によろしくないというわけです。(雪崩や落石を受ける可能性を減らすためという意味合いは、さほどありません)
取り付き点を上の方から見下ろすと、このような感じになります
斜面を列になって登っている登山者の、さらに下の方に、取り付き点で休憩をしている集団が見えます
わたしも同様に、アイゼンのベルトを確認し、水分補給と体調の再確認を行いました
これからの登りの状況を考え、途中でウエアの脱着をせずに済むよう、今の気温と身体の温まり具合を考慮して、衣類のベンチレーションを調整します
見上げると、ブライトホルンの白い山肌と、Zの文字状になったトレースが目に入ってきます
トレースを目で追って、山頂までの行程を見積もります
左鋭角に曲がるコーナーが3合目、露出した岩の直下が4合目、右鋭角に曲がる角が7合目、残り3合分を登れは山頂 …といったところでしょうか?
さあこれから、「登り」に入ります
空は蒼く、山は白く、雪面良好で、風もありません
絶好のコンディションです
取り付き点という言葉を使いましたが、実際には、「ここから壁に取り付きます!」みたいな壁面が出てくるわけではありません。言い方が変ですが、「広大な取り付きスペース」といった趣です
すり鉢状の氷河の上では、底方向に近づかない限り、広く歩行に適したスペースがあり、ある程度自由にルートを取ることができましたが、取り付き点以降は、自由なコース取りは危険です
トレースを外れないよう、登山者たちが一列になって登ることになります
さて、取り付き点までやってきました
次のページは、ブライトホルン山頂までの登坂の様子をお送りします
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ブライトホルン登山3(登攀開始)