ブライトホルン登山後記5(ザイルを繋ぐ意味)


ザイルを繋ぐ意味

コンティニュアスビレイは気休め?

ブライトホルンでは、5~6人のガイド付きパーティがザイル(登山用のロープ)を繋ぎ、コンテの状態で登っていることが多いです(ブライトホルン登山者の、実に8~9割程度がこの状態だと思います)

コンテというのは「コンティニュアスビレイ」のことで、いわゆる「電車繋ぎ」だと思ってください
この繋ぎ方は、言ってみれば、「一蓮托生繋ぎ」です


コンティニュアスビレイで山を登る登山者

例えば、先頭の人が脚を滑らせた場合、2番目の人が先頭の人と共に滑落を止めることになります。これで止められなかった場合は、3番目が、それでもダメなら4番目が、…となっていきます
5番目になると、その下に4人ぶら下がっていることになりますので、とても止めることはできません(1人目で止めることができなければ、数珠つなぎになって全員落ちてしまうのがコンテなのです)

コンテはあくまでも、気休めみたいなものだと思ってください

コンティニュアスビレイは、「誰も脚を滑らせて転倒しない、転倒してもその場から滑り落ちない」(脚を滑らせた場合でも、その場ですぐ止まる)という前提でザイルを結んでいます

言い方を変えると、「ここでは絶対落ちない」と思っているからコンテにしているのです
「ここは危険だな~、落ちるかもな~」と思ったら、支点を確保してスタカットに移行します

ブライトホルンで、早々とザイルをつないでいる理由

ブライトホルン登山では、クライン・マッターホルンを出てすぐの時点で、現地ガイドたちは早々とザイルを繋いでいます

熟練者からすると、「アンザイレンするのは、登坂開始前の時点でいいんじゃないの?」と疑問の出そうなところですが、これはおそらく、ザイルを装着した状態での歩行に慣れさせるため、ガイド判断で早めに繋いでいるものと思われます

ハーネスやザイル等の装備に慣れていないツアー登山者のことを考慮し、平坦で安全な場所からザイルを繋いでおくことで、様々な不具合を先に出してしまうと同時に、参加者の慣れを狙っているのでしょう

そしてもう一つ大きな理由があるのですが、
観光客が不十分な装備で氷河帯に入ることに対する、抑止効果を狙っているものと思われます

ザイルを繋いで氷河帯を渡る登山パーティ
氷河帯に入る時点からザイルを装着しておけば、周囲の観光客に対して
「ここから先は、ザイルやアイゼンなどの登山装備を装着する必要がある、危険なエリアなのだ!」と注意喚起する事ができます。結果として、事故の防止につながるのです

登山の熟練者であれは、雪面のしっかりしている安全なところを選んでコース取りできますので、アイゼンやザイルがなくとも、ブライトホルンプラトーの上を渡って行けるのですが、雪山登山経験の浅い方にとっては、アイゼンもザイルも必要不可欠な装備となります
ましてや、登山靴すら履いていない観光客が足を踏み入れて良い場所ではありません

クライン・マッターホルン(マッターホルン・グレーシャー・パラダイス)には、多数の観光客が訪れます
登山者の方は、(自分には必要がない場合でも)クライン・マッターホルンを出たらアイゼンを付け、ザイルを繋いで歩行してあげて下さい

あなたがリフトの下をくぐって氷河帯に足を踏み入れるのを、たくさんの観光客が羨望の眼差して後ろから眺めている可能性があります
(ウソです。「物好きだよね~」と、冷ややかな目で見られていることの方が多いです)

もしもできることなら、これ見よがしにアイゼンをガチャガチャ言わせ、ピッケルをチラつかせながら、
「俺みたいな百戦錬磨の登山者じゃないと、この氷河帯には、脚を踏み入れちゃいけんのじゃけんね!」という無言のアピールを背中に漂わせてから、氷河帯に入っていって下さい

おそらく誰も見ていないと思いますが、観光客が真似をして氷河帯に入ることの抑止にはなるかと思います

ブライトホルンプラトーでのアンザイレンは、おそらく現地の登山ガイド協会などで規則化されているのだと思います
具体的には、「ガイドは登山客に対し、クラインマッターホルンを出たら速やかに、ザイルとアイゼンの両方を装着させること」といった規則があるのでしょう

なぜならそれが登山客だけでなく、(前述のように)観光客にとっても最も安全な施策になるからです

コンティニュアスビレイによる、気持ちの引き締め効果

ザイルを繋いでブライトホルンに登る登山者
ザイルに慣れていない人にとっては、アンザイレンしているだけで、「とても大変な登山をしているのだ」という気持ちになります
結果として山に集中し、緊張感を持って慎重に登るようになります
また、ガイドの指示にもしっかり耳を傾け、勝手な行動や不要なおしゃべりを慎むようになります

ぶっちゃけて言うと、ザイルを繋ぐことで…
「山頂に着いたら、ジャンプした写真を撮って、その場でSNSに投稿しよう!」といった邪念を頭から追い払うことができ、さらに…
「とにかく無事に登頂して、無事故で下山するのだ。安全第一!」という意識にさせることができます
これは、気持ちの問題ではありますが、安全管理上一定の効果があります

さらに、ザイルを繋いでいると、皆一様の同じペースで歩く必要がありますので、誰か一人だけ遅いペースを取ることができなくなります
結果として、全員気の持ちを集中させ、一丸となって登坂させることができます

ブライトホルンほどの標高の高さになると、「天候の安定している午前中の時間帯に、さくっと登って、速やかに降りる」ということが非常に重要になってきます
あまりペースを挙げすぎると、逆に高山病の懸念が出てきますが、(適正な範囲内での)短い時間で登坂することは、高い集中力を維持することにつながり、事故の防止になります

そういう意味でコンテビレイは、このようなガイド付きツアー登山においては、各メンバーの行動を律して、パーティ全体にまとまりを作り、目標の達成に全体の意識を向ける効果があります

コンテを取ることで、全体に対する個人の責任が明確になる

コンテを取った状態で個人の行動に不備があると、パーティ全体に及ぼす影響が顕著になります
一人のミスが全員を危険に晒す可能性があるため、一人の責任は全体の責任になります

リーダーの目は、必ずしも全員に行き届くとは限りません。ですが、前を登っている人の足元は、嫌でも後続の人の目に入ります
前の人の足元がおぼつかない場合、後ろの人が真っ先に思うのは、
「こいつが落ちたら、(引きずられて)俺も落ちる」、もしくは、「こいつが落ちたら、俺は止められるだろうか?」です

そうすると、否が応でも報告が上がりやすくなります
「リーダー、◯◯の様子が変です!(安全な場所で一旦停止しましょう)」というような声が上がりやすくなるのです

これも一つの、コンテの効果ではないかと思います

また、ダメ出しや注意喚起が行いやすくなり、注意を受ける方も、意見を受け入れやすくなります

例えば、登坂ペースに付いてこれない人に対し、リーダーやガイドが
「あなたには無理です、連れて行くことができません」と言う場合に、言われた方が納得しやすくなります(自分ひとりのせいで、全体のペースが遅れてしまうことが明らかになるためです)

山岳ガイドの最も重要な役割は、「山頂に連れて行く」ことでもなく、「安全に下山させる」ことでもなく、そもそも「入山前に、その人がOKかNGかを判断し、『この人には無理だ』と判断したら、絶対に入山させないこと」にあります(その人だけでなく、自分を含めてパーティ全体が危険にさらされるためです)

このように、コンティニュアスビレイには「同行者の気持ちを引き締め、緊張と集中を促す効果」や、「ペース取りを確実にする効果」、「目標に向かってパーティ全体を一体化させ、各人の責任感を向上させる効果」があります

冒頭で「コンテは気休め」と暴言を吐きましたが、「滑落した際に止める」ことよりも、「そもそも脚を滑らさないこと」が最も重要なのは、言うまでもありません

そういう意味では、初心者に対してコンテを取ることは、
「今あなたは、危険な登山をしているんだよ」と、装備を通して常に語りかけることでもあり、緊張感を出させ、気持ちの集中を促す意味では、非常に重要な役割を果たしていると言うことができるかもしれません

とは言っても、コンティニュアスビレイが「一蓮托生繋ぎ」であることに変わりはありません
危険箇所に差し掛かったにもかかわらず、漫然とコンテを続けていると、パーティ全体が危険に晒されます
最悪の場合は、パーティ全体の滑落事故に繋がります

山頂記念撮影でもザイルをホールド

ブライトホルン山頂での記念撮影
カメラを構える時は、足元が疎かになりがちです(撮影時に滑落しないよう気をつけましょう)

画像の登山者たちも、一見何気なく撮影しているように見えますが、よく見るとアンザイレンしています。(カメラを持つ人がザイルで繋がっているのが判ります)

ただ、ザイルで繋がっているだけでなく、いつでもザイルにテンションを掛けられるようにもしています

山に限らず、観光名所などで、「SNS用の自撮り画像を撮影中に転落事故」といったニュースを耳にすることがありますが、このような安全管理をしていれば、事故を防ぐことができます



コンティニュアスビレイについて、かなり脱線して私見を書いてしまいました
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わたしが個人的に、ブライトホルンのルート状況等をどうやって入手したかなどをお伝えします

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