ブライトホルン登山後記8(土屋太鳳さんと24時間テレビ)


土屋太鳳さんのブライトホルン挑戦を振り返る

2019年の24時間テレビにて、「女優の土屋太鳳さんが、身体に障害をかかえる11歳の少年と一緒に、ブライトホルンに登る」という企画がありました

企画自体は、天候不良のため登頂を断念するという結果に終わりましたが、ここでは、その登山企画を改めて振り返ってみましょう

かなり批判的なことも書いていますが、決してタレントさんを責めるものではありません(むしろ応援しています)
批判される主体があるとすれば、それはテレビ側に他なりません


当日のブライトホルンのルート状態

土屋さん一行がブライトホルンプラトーを歩行中に、南斜面が大写しになりましたが、
ルートの状態が荒れていることが遠目でも判りました
クレバスとまではいかないまでも、氷面が露出してクラックが多数出ている様子です(わたしが登ったときと比較すると、あまりよろしくないコンディションです)

登頂ルートの大部分がそのような状態でしたので、「ルートコンディションが悪いけど大丈夫なの?」と、それがまず気になりました

東側から稜線に出て、ナイフリッジを渡って山頂に向かうルートもあり、そちらであれば荒れた氷面を避けられますが、初心者には危険すぎますので選択肢からは外さざるをえません

となると、荒れた氷面にアイゼンの刃を突き立てながら注意深く登っていくか、それともクラックを避けて露出した岩稜の脇をまっすぐ直登するか、土屋さんの方はまだなんとかなったとしても、障害をお持ちの11歳の方には少々厳しいんじゃないだろうか? ・・・と、そういう思いが頭をよぎりました


障害が無かったとしても、子供の歩幅では色々ときついことも

そもそも小学6年生の身長では、身体が成長途中ということもあり、歩幅もまだかなり短いです
成人であれば普通に歩ける感覚の段差や飛び石でも、飛び移らなければ渡れないことも多いです
(子供を山に連れて行くと、やたらとぴょんぴょん飛び跳ねるようにして登るのは、そうでもしなければ足が届かないからです)

ブライトホルンの場合は、(コンディションが良ければ)雪面にルートが付いて、登山者の足跡がステップとなって刻まれることがあります
ですがそれは、すべて「成人男性の足幅」で作られたものです

大人には歩きやすいように見えますが、子供の歩幅では歩きにくくて仕方ありません

今回土屋さんと一緒に登られていた方は、障害をお持ちということもあり、斜面に至る手前の平坦なエリアで、「雪に足を取られて歩きにくい」というコメントを残しています


このコメントを耳にした時に、「ええっ?」と思いました 正直言うと、「平坦な場所なので、歩きやすいです」という答えた帰ってくると予想していたからです

締まった平坦地の雪面で歩きにくく感じるのであれば、斜面に差し掛かった際の歩行は、かなり困難を極めることが予想されます
「登頂は、かなり難しいのではないか?」 ・・・と、そう思いました

そもそもどうして、朝一に登って午前中に下山しない?

登山の時間帯も、「どうして?」と感じるところがありました

標高の高い山は特にですが、登山というものは、天候が最も安定してる午前中の時間帯に、核心部分を通過しておく必要があります
ブライトホルンの場合ですと、日の出前か日の出とともに登頂を開始し、午前9~10時頃には山頂に到達し、昼前には下山するのが理想です

であるにも関わらず、登山パーティが平坦地(ブライトホルンプラトー)を歩いていたのは、時差を逆算すると、おおよそ正午頃の時間帯です

「どうしてその時間に、そこを歩いている!?」と、正直思いました


昼頃からのそのそ登り始めるのは、登山のド素人です
登山企画の行程を管理しているのは登山のエキスパートのはずなのですが、なぜ昼過ぎから登山を開始しているのか、甚だ疑問に思いました

わざと登頂時間をずらしたのか?

考えられる理由を挙げるとすると、「午前中は登山者が多いので、周囲の迷惑にならないように、時間帯をずらした」ことが考えられます

実際のところ登頂ルートは、恒常的に付いている道ではなく、登山者が歩くことによって雪面に付いた足跡の連なりでしかありません
両足の幅がそのまま道幅ですので、極端にペースの遅い人が前を塞ぐと、どちらかかがルートから外れて追い越す必要に迫られます

障害を抱えている人が、アイゼンを付けた状態で深い轍を越え、ルートの外に出るというのは、現実的ではありません(危険極まりないです)
と、すると、ルートを外れて危険な思いをするのは、一般登山者の方になります
テレビクルーを従えた大所帯の登山集団が、ルートをノロノロと登っていき、ペースが異なる一般登山者が「24時間テレビ集団」を、ルートから外れて追い抜いていく、・・・これはありえないことです

遅いペースのパーティを追い越すとことは、普通の山では大したことではありませんが、4000m超の高山になると、「なにやってんだ、バカヤロー!」の怒号が飛びかねません
その日の登山パーティのほとんどを、必要のない危険に晒してしまうからです
(このような事態を避けるため、マッターホルンなどでは、「ペースの速いパーティから先に登る」という暗黙のルールがあります)

特に、テレビクルーを抱えた大人数の登山パーティを追い越すとなると、かなりの距離をルートから外れて登らなくてはならず、「そっちが避けろよ!」という言葉が飛ぶでしょう(実際、大人数パーティの方が道を開けるべきです)
24時間テレビ側が「障害者がいるので避けられません(ご協力をお願いします)」とでも言おうものなら、「そもそも障害者を標高の高い山に連れてくるな」と言われてしまうでしょう(それが正論だと思います)

4000mクラスの山に登るというのは、レクリエーション的な登山の範疇を軽く越えています
登山者は、ガイド費用に交通宿泊費、登山装備と、それなりの高い金額を費やし、休日のスケジュールを工面して真摯に山に登っています。もはや遊びとは呼べないのです

また、一般登山者を引率しているガイドの方は、「商売」として登っています
登山を妨害されて、結果として引率者が登頂できなかったり危険な思いをしても、契約上ガイド代金は支払われますが、それでもやはり「日本のテレビ局は、常識がない!」という気持ちは抱くでしょう

日本の山であれば、「あぁなんだ、24時間テレビか」で済む場合もあるかもしれませんが、海外ではそうもいきません
「障害のある児童を危険な雪山に連れてくるなんて、しかもテレビクルーを大量に引き連れ、日本人はバカなのか?」と言われかねません(いえむしろ、確実にそう非難されると思います)

このように、敢えて登頂時間を遅くした可能性は否定できませんが、遅い時間に登るということは、それだけ危険度が増すということです
健常者ですらできれば避けたい午後の雪山登山を、障害者とテレビクルーを引き連れた、ペースの遅い大人数登山パーティで試みるというのは、登山に興味のない一般視聴者からすると何とも感じないかもしれませんが、登山経験者の視点からすると、正気の沙汰ではありません


「あんな時間にあんな場所で、何をやってるのだろう。本当に登るつもりなのだろうか?」
「もしかして、登るふりをしているだけなの?」 改めて、そう思いました

登れないことが判っているのに、登るポーズの絵面を撮影して、下山する
そういうことを繰り返して、登山者から猛烈に批判を浴びた人がいたなぁ・・・と、そんなことまで思い出してしまいました
お亡くなりになった栗城史多さんの事です、謹んでご冥福をお祈りします

停滞、様子見、そして「天候不良」による撤退

その後登山パーティは、ブライトホルンプラトーの中央部で停滞し、山には近づかずに「様子見」の状態となりました

この時は、「一体何をやっているのだろう?」と、思いながら見ていました

さっさと登って早く降りてこないと、午後になるにつれて、山の天気はどんどん不安定になっていくものです
それなのに、一行はなぜか、天気が不安定になるのを待つかのように、平坦部の中央で足を止めているのです

「天候の様子見だとしても、なぜ斜面の手前まで歩を進めておかないのだろう?」
 ・・・そうも思いました

「天候が安定していざ登攀開始となった時に、より短時間で登頂・下山するためには、安全が確保できる範囲内で、できるだけ山に近いところまで赴いて、そこで状況を観察するものです
少なくとも「登るつもりの場合」は、そうするものです

「何か妙だな、おかしいな」 ・・・そう感じました
カメラワークも、妙におかしいのです
ルート状況を敢えて映さないようにしているように思えます

ブライトホルンの南側からは、望遠カメラを使えば、ルート状況の詳細を遠くからでも映し出すことができます
斜面にジグザグ刻まれたルートを、麓から山頂に至るまでカメラで追って画面に映せば、視聴者の期待は否が応でも高まります
パーティー自体は停滞していても、視聴者を画面に惹きつけ、チャンネルを変更させずに時間稼ぎすることができるのです

斜面の傾斜のキツイ部分を、登山の核心部分として先に映して説明しておけば、視聴者からすると「ここを登るところは見逃せないな。これはしばらくチャンネルを変えられそうにないな」と、なるはずなのです

それなのに、ルートの状況は全くカメラに写りません、敢えてルートの様子が映り込むことを避けているような、そんな画面ばかりが続きます

「停滞しているパーティをばかりを映して、山とルートにカメラを向けないのはなぜなのだ?」
「これから登るルートの革新部分の解説ビデオを繰り返し流して、煽りに煽るのが、いつものテレビのやり方じゃないの?」
 ・・・と、疑問に思っていると、別の考えが頭に浮かびました
「天候の様子見とか言ってるけれど、これはもしかして、最初から登るつもりがないのでは・・?」


そうこうしているうちに、予想通りに天候は悪化し、雪がちらつき始めました
ホワイトアウトとまでは言いませんが、視界はかなり悪化し、初心者が安心して登れるような状態とは程遠くなってしまいました

最終的に、この「ブライトホルン登山企画」は、登山中止(断念)という結果に終わります


仮説:登れないことは、最初から判っていた

あくまでも仮説として述べますが、ブライトホルンに登れないことは、番組が始まる前から判っていたのではないかと思います

もちろん企画が立った段階では、登れる算段を立てていたのだと思います
ですが、この年のブライトホルンのルート状況は、例年に比較すると「かなり荒れている」と言って差し支えない状態だったと思います

南西側の氷面が、かなり広い面積に渡ってひび割れており、露出した氷にクラックが入ってひどい状態になっていることが、遠目の映像でもよく判るような状態でした(おそらくその年の気温が高かったのだと思います)

今回の挑戦者の一人である11歳の少年の方は、平坦な圧雪地を移動する段階で「雪に足を取られて歩きにくい」と表現しておられました
あの平坦地は、通常の登山者であれば、この上なく快適に歩を進められるエリアです
テレビ画面からも、登山靴のコバがさほど雪に埋もれておらず、しっかりと圧雪された良好な雪面であることが判りました
さらに言うと、雪の下は氷ですので、隠れた岩にアイゼンの刃が当たって足に衝撃を受けたり、足首がひねられることもありません


あの状態で「歩きにくい」という言葉が出るようであれば、斜面に差し掛かった際、氷の露出した荒れた急傾斜をアイゼンを効かせながら登っていくことは、とても想像ができません(はっきり言って無理です)

もしも実際に登ることになった場合は、荒れた氷面に脚を取られる様子が映し出されることでしょう
視聴者からは、「なぜ、あんな危険な場所を登らせた!」、「最初から無理じゃないか!」、「企画自体に無理がある!」と、非難轟々になることは、火を見るより明らかです


実際のところブライトホルンは、ルートの雪面(氷面)が安定していれば、非常に登りやすい山なのですが、そんなことに知見があるのは、ほんの一握りの登山者のみです

普段山に親しんでいない一般的な視聴者からすると、その年のブライトホルンのルート状態が、「たまたま非常に悪かった」なんてことは、知ったこっちゃありません


思いますに、企画としてはぶち上げてみたものの、ロケハンの時点で例年よりルート状況が悪いことが判明し、「これはマズイ」となったのではないでしょうか?
大々的に宣伝しているだけに、企画自体の取りやめはありえません。形だけでも「挑戦→撤退」に見せかけなくては、テレビ企画として成立しません

「登攀が実質的に無理であり、山頂到達が最初から現実的でないことが判っていながら、挑戦しているポーズを取って番組企画としてなんとか成立させた」、というのが、あのどうにも妙ちくりんな登山の様子に繋がったのではないか? ・・・と、そう思います


24時間テレビは「感動ポルノ」か?

似たような企画は、2016年の24時間テレビでも行われています
両足に麻痺が残る12歳の少年が、富士山に登るという設定でした
驚いたことに登るのは1合目からであり、当日は天候が悪く決して良い条件ではありません(雨天に一合目からというのは、健常者でも登りたくないコンディションです)

少年が歩けなくなった時の映像は、「虐待ではないか?」との声もあり、「放送事故」とも呼ばれました

「感動ポルノ」という言葉を初めて使ったのは、ステラ・ヤングさん


「感動ポルノ」という言葉を作ったのは、ステラ・ヤングさんです

私たちは これを 「感動ポルノ」と名付けました (笑)
あえて「ポルノ」と言っているのは、ある特定の人たちをモノ扱いして、他の人が得するようになっているからです
ですからこの場合、健常者のために、障害者を利用しているのです
  (中略)
あの人達は、まるで私が朝起きて、自分の名前を覚えていたら賞賛するぐらいの勢いです(笑) モノ扱いですよね。
ご覧いただいた画像、このようなイメージは、障害者を健常者のための物として利用しているのです

テレビメディアの山の扱い

槍ヶ岳山頂での「日清ラ王」のテレビCM撮影が批判を浴びたのは、2010年のことです
撮影の時点で問題化したため、あまり大きなニュースにはならず、覚えている方も少ないと思います

ここで事件の詳細を述べることはしませんが、あまりに酷いと思いました
槍ヶ岳の山頂に登ったことのある方なら、必ず同じ思いを抱くはずです

あのハシゴの下で、テレビCMの撮影のために30分も待たされたら、怒らないほうがおかしいです(そういう危険性な場所なのです)

興味のある方は、「CM 照英 槍ヶ岳」で検索してみて下さい(ちなみに照英さんには、何ら非はありません)
今回取り上げている、ブライトホルン登山に参加した土屋太鳳さんも同様です(タレントさんを攻めるつもりは全くありません。むしろ、安易な登山企画の被害者だと思います)

山がテレビに映るのは、山好きとしては嬉しいことなのです
NHKの「平出和也 シスパーレに挑む!」は、山の危険な部分も含めて、映像として素晴らしく捉えており、感銘を受けました

田中陽希さんの「グレートトラバース」なども、大変見応えがありました

「元々山に興味を持たないタレントを、無理やり山に登らせて視聴率を稼ぐのは、そろそろ止めたらどうなのか?」と、真剣に思います

くしくもこのページを書いている最中に、九州ローカルテレビ局であるTBSが、開局50周年記念企画として、「九州一周ヤマトホ!(2936.9キロ イタダキます!)を放送中です

「スタンド」という芸名の二人組のお笑い芸人さんが、九州自然歩道の山登りに挑戦していましたが、かなり無茶な重量の荷物を背負っていたためか、一人が膝を壊してリタイヤしてしまいました

番組スタッフは、「リタイヤして、それでええんか?」と詰め寄っていましたが、「あの重量を背負って、お前が同じことをやってみろよ」と言いたいです
膝が痛くても、頑張れば歩けるというものではないのです。膝を負傷した状態で30キロ近い重量を背負わせるのは、これから慢性的な膝の障害を、一生抱えて生きていけと言うようなものです

山好きとしては、「正直あの企画はアカンやろ」と、思います。


山は、「挑戦」する場所ではありません
山に挑戦することが許されるのは、一部の、真の職業登山家のみであり、一般の登山者は、ひとつひとつステップを積み上げ、難易度のレベルを少しづつ上げることで、「確実に登れる、危険の少ない登山」を心がけなくてはなりません(それでも事故は起こってしまうものです)

登山経験のさして無いテレビタレントを、いきなり山に放り込んで、できるかどうかもわからない、総距離3000キロにも及ぶ登山の旅に挑戦させるというのは、はっきり言って「無謀な行為」です
もしかすると、お笑い芸人さんを、「使い捨ての消耗品か何か」と勘違いしているのではないでしょうか?



補足 
ブライトホルンの難易度については、ブライトホルン登山後記2(難易度と必要な登山技術)で、解説をしております(私見です)
また、「どれだけの体力が必要とされるのか?」という疑問についても、ブライトホルン登山後記4(必要な体力レベル)に記載しています

今回の24時間テレビの企画に妥当性があるか否かというのは、人によって意見も様々だと思いますが、一個人が登った感想として、上記ページに目を通せば、おおよその難易度が把握できると思います

雪山登山技術と高所耐性、体力が一定のレベルにある人にとっては、超イージーな山ではありますが、それがすべてお揃わない方にとっては、やはり危険な山と言わざるを得ません


(全体の目次はこちらです → ブライトホルン(4164m、雪と氷の白い世界)

上記解説ページについてですが、「既にブライトホルンに登れるレベルに達している人」にとっては、当たり前のことしか書いていません
ですので、冬山や標高の高い山などの登山経験が豊富な方は、読み飛ばしても良いと思います
(どちらかというと、登山初心者を対象にしたイメージで書いています。過剰な期待をせずに読んで頂けると幸いです)



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