シンクロニシティ・共時性 その1「シンクロニシティ」というと なんだか難しそうに聞こえますが 学術的な定義というのは とりあえず横に置いておきましょう。 何か、目に見えない存在に、呼ばれたり 導かれたり、教えられたりすることのなかには "シンクロニシティ"が 潜んでいることがあるようです。 ここに書いたことは、わたしが体験した あまりにもできすぎた「偶然」です。 2005年の、3月のことだったと思います。 わたしは、沖縄県のとある離島で、友人と二人で長期キャンプ生活を楽しんでいました。 キャンプサイトの近くには、海と、豊かな珊瑚礁(リーフ)が広がっています。 わたしたちは、既に数ヶ月以上滞在していましたが、あちらこちらと移動したりはせずに、一ヶ所に定住(?)していました。 釣った魚や、海で採ったばかりの「もずく」に舌鼓を打ちながら、海を見たり、三線を弾いたしりして、ゆっくりと流れる時間に身を任せる毎日でした。 「海」というのは、「毎日、その表情を変えるもの」とは云いますが、まさにその通りで、一箇所に留まっているからといって、退屈することはありません。 電気なし、水道なし、トイレなし・・というような、最低の文明レベルではありましたが、そんなことを意に介さないわたしたちにとっては、最高の楽園生活を続けていました。 そのまま、その場所に居つづけるのも「あり」なのですが、たまにはちょっと趣向の異なることもやってみようかと、一度だけ、冒険をしてみることにしました。 大潮にタイミングを合わせ、海伝いに「奥地」へ行こうというのです。 わたしたちがテントを張っていたその島では、普段ならば、切り立った崖や、深く落ち込んだ海に阻まれて、足を踏み入れることのできない「奥地の海岸線」とでもいうような場所がありました。 大潮というのは、約一ヶ月程度の周期で訪れる、潮の干満の差が大きくなる日のことなのですが 珊瑚礁の発達した海域では、大潮の日と干潮の時間帯が重なると、海岸線近くのリーフが海面上に現れることがあり、その上を歩くことができる場合があります。 干潮の時間帯に、うまく難所を通り抜けられるように、タイミングを合わせることができれば、天候に恵まれた、大潮のときに限り、そのサンクチャリ(聖域)のような場所を、人間様の二本足でも、訪れることが許されるのでした。
友人は、その「奥地」へ、過去何度か足を踏み入れたことがあるそうなのですが ハイキング気分で簡単にたどり着ける場所ではないということでした。 往復で4泊5日ほどの行程を、歩き通してようやく帰ってこれる。そんな場所らしいのです。 ある程度の蛋白質は、「釣果」で現地調達するとしても、それだけの日数を無補給で過ごすための装備となると、最低限必要なものだけをパッキングしても、大型ザックがすぐに満杯になってしまいます。 正確な重さは判りませんが、パンパンに膨らんだザックを持ち上げてみたところ 「おいおい、これを背負って歩くのか・・・」 と、云いたくなる様な重量感でした。 ( その2に つづく )
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