堺の打ち刃物 鋼材は青紙二号
包丁を大切に扱う人にこそ使って欲しい、和包丁
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何度も研いで、柄も替えて 使い続けて数十年
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我が家で最も切れ味の良い包丁の一つ
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大根の桂むきをしていると、薄刃包丁の凄さを、ひしひしと感じます
水野鍛錬所の薄刃包丁
1993年に川越の刃物屋さんで購入した、薄刃包丁です(鎌形薄刃)
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刃渡り165mm(5寸5分)、峰厚3.5mm、重量182g 刃幅38.5mm
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鋼材:青紙2号 側金:軟鉄(合わせ)
水野鍛錬所
源昭忠
鎌型薄刃
水野鍛錬所
源昭忠
三徳包丁
平(ひら)の部分には、購入した刃物屋さんの屋号である、「
川越 町勘(まちかん)」の銘が入っており、その下には「癸酉(みずのととり)」と、干支が刻まれています
癸酉に当たるのは1993年で、これが購入年であることが判ります
裏面には、「
源昭忠 本鍛錬」と銘が入っており、
水野鍛錬所の打ち物であることが判ります
いわゆる堺の「打刃物」で、伝統工芸士の方が鍛冶仕事で鍛えた包丁です
主に母が使用しており、研ぐのはわたしがやっています
母の使い方ですと、普通に刃付すると微細な刃こぼれが生じがちですので、薄刃包丁としては鈍角気味に研いでいます(それでも両刃の洋包丁に比べると、かなり鋭角な刃の角度になります)
鎬筋はあまり上がっておらず、刃筋のみが上がった感じになっているのはそのためです
(そのせいもあって、鎬筋の角が落ちて、いくぶん丸くなっています)
購入後30年になろうかという使い込んだ包丁ですので、刃幅もかなり短くなっています
包丁の状態については、いろいろと突っ込みどころも多いですが、鋼(ハガネ)の質や鍛え方については申し分なく、きちんと研ぎあげると恐ろしく切れます
この包丁を何度も研いでいるうちに、あまりの切れ味の良さに感銘を受けてしまい、わたしも
自分専用の薄刃包丁を購入する羽目になってしまいました
包丁の状態について
この包丁をわたしが研ぐようになったのはここ10年ほどのことで、それ以前はどのように研いでいたのかはわかりません
ただ、現状の包丁の状態をよく確認してみると、さまざまなことが見えてきます
柄を替えている
現状では、PC桂(プラスチック口輪)の安物の柄が付いています(木材は一般的な「朴(ほお)」のようです)
購入時は、それ相応の水牛口輪の柄が付いていたはずですが、柄がダメになって交換したようです
刃のグレードに対して柄のグレードが低く、見栄えはしませんが、特に問題もありませんのでこのままにしています
おそらく中子を一度ダメにしている
この包丁は、アゴのあたりから口輪にかけての「首」に相当する部分が盛り上がっており、不自然な厚みがあります
この厚みは何なのだろうと不思議に思っていましたが、どうやらこれは、
腐食した中子を溶接して継ぎ足した跡のようです
もしくは、腐食して肉痩せした中子を、溶接で肉盛りして補強した跡ではないかと思います
溶接痕は削って目立たなくしてあるようですが、溶接ビードを落としただけのようで、割と荒い仕上がりになっています
裏押しをする際に、この厚みのある部分が砥石に当たってしまい、少し邪魔になるのが難点ですが、包丁として使う分には特に問題はありません
グラインダーで削った跡
グラインダーを当てた跡が盛大に残っています
研ぎ屋さんが付けたものだと思われます。おそらく、刃こぼれでも治す際に、面の修正をかけたのでしょう
溝状に掘れているので、その部分だけ砥石が当たりません
また、グラインダーの刃の噛みこんだ跡が、筋状の傷跡となって痛々しく残っています
(酷いものです)
回転グラインダーを往復させて削ると、中央部分は短時間で通過するのに対し、折り返し部分は減速して回転砥石の当たる時間が長くなってしまうため、両端部分が深く掘れてしまいます
角砥石で研いでも砥石が当たらない部分が生じ、せっかくの「面」が崩れてしまいます
「そんな雑な仕事は、お願いだからヤメテっ!」と言いたくなります
角砥石で手作業の修正を行えば、このような酷い状態にはなりませんが、刃こぼれや大がかりな面修正は、かなり時間のかかる作業です
結果として
人件費のコストが高くなりすぎて、普通の包丁が丸々一本買えるような作業代金になってしまいがちです
そうすると、お客さんからは「そんなに高いんだったらやらない!」と言われてしまいますので、往々にして
グラインダーを使って短時間で面修正を行い、後は角砥石で刃付するような手法が行われているのでしょう
ちいさなエクボが残っていたりするのは、購入直後の和包丁ではよくあることで、決しておかしなことではありません
ですがこのように、繊細な研ぎの仕上げが持ち味の堺の打ち刃物に、グラインダーの研ぎ目がかっつり付いた「
手荒な仕事の痕跡」が残っているというのは、恥ずかしいやら情けないやらで、少々複雑な気持ちです
※ 追記
使用に伴う自然な研ぎ減りによって、グラインダーによる研磨跡は、かなり目立たなくなってきました
現状では、刃の先端とアゴの部分に残るのみとなっています(数年程かかっています)
裏押しは、やや広めになっている
「ベタ裏」というわけではありませんが、裏押しがいくぶん広めになっています
繊細な切れ味を出したい場合は、もう少し「
糸裏」に近い方が良いと思うのですが、母の包丁の使い方からすると、「ある程度刃が強くて刃こぼれしにくい」ことも重要ですので、このくらいの方が合っているようです
さらに言うと、裏押しの幅がやや広めの方が、二つ割りする際に、刃が曲がって入っていきにくいです(糸裏だと、もろに曲がって入っていきます。使い手の技量にもよります)
ちなみに、
自分用の薄刃包丁の方は、糸裏の状態に仕上げています
銘の彫り跡が薄くなっている
この包丁を研ぐ際は、刃体全体に付着した汚れや錆びも磨き取っていますが、それを繰り返しているうちに、銘の彫り込みがいささか薄くなってきました
せっかくの素晴らしい包丁ですので、もう少し丁寧に扱ってくれればよいのですが、いかんせんこの包丁を使っているのは、筋金入りの「
手入れをしない人」です
はっきり言ってしまうと、本人は発達障害であり、片付けや後始末ができないため、
使い終わった包丁を、「洗って・拭いて・収納する」という、一連の作業ができません
料理が終わった後はいつも、汚れたまな板の上に、塗れたままの包丁が放置されています
前述の柄の交換や中子の腐食(溶接による修正)も、もう少し包丁の扱いをまっとうにしておれば、必要なかったのではないかと思います
正直言って、「包丁の手入れができない人は、鋼(ハガネ)の包丁を使うべきではない」とも思います
包丁に錆が生じることで、寿命が短くなるからでもありますが、なにより作り手の方に申し訳ないですし、わたしのように研ぎ手の方も、まず表面を磨くことから始めなければならず、いらぬ苦労が必要となるからです
薄刃包丁を研ぐ
この時使用した砥石は、3種類
1.
キングデラックス 800番
2.
スエヒロ 3000番「黄華」
3.
嵐山 6000番
…と、徐々に番手を上げて研ぎあげました
個人的には、カンナやノミに合うような、カチカチで平面維持性を重視した砥石よりも、ある程度砥泥の出やすい砥石の方が好みです
そういう意味では、嵐山8000番よりキングS-1の方が自分の好みに合っているような気もします(そのうち仕上げ砥石をキングS-1に変えるかもしれません)
なお、
自作の研ぎ台も合わせて使っています
研ぎ台に砥石の固定機能は無く、ただ置いているだけですが、ぴったりと貼りついて微動だにしないので、安定して研ぐことができます
薄刃包丁の研ぎ方については、こちらのページでより詳しく解説しています
研ぎあがった和包丁
研ぎあがった和包丁(薄刃包丁)です
ビシッとした良い刃を付けることができました
裏側です。裏押しが少々広がり気味ですが、許容範囲内かと思います
切刃面の研ぎむらは、
キング S-1の小片(薄くなった砥石を切断して自作した、コッパ砥石)でやさしく撫でて落とし、均一に仕上げました
鋼と地金の際が引き立って、静謐な趣を感じさせます
いぶし銀(内曇り)の地金を背景に、黒光りするハガネを見ていると、霞の和包丁は美しいものだなと、改めて感じます
そう、
和包丁は尊いのです
近年は研磨力の高さを謳った砥石が多数発売されていますが、そういった砥石で和包丁を研ぐと、研ぎ傷がギラギラと光りがちで、いぶし銀の曇った美しさが出にくいです。どちらかというと、昔からある伝統的な定番砥石の方が、研磨力が適度に弱めで、いい感じに曇りやすいです
桂剥きをして、刃の付き具合を確認
桂剥きで、刃の仕上がり具合を確認してみました
よく切れますので、力を入れる必要もなく、くるくると大根を回すだけで勝手に切れていきます
おかげで、わたしのような「へっぽこ包丁使い」でも、薄く安定した桂剥きができました
裏すきに刻まれた包丁の銘が、大根を透かして読めるほどです
残念なのは、この時あいにく大根の尻尾(先端の部分)しか手物になく、しかも新鮮とは言い難いスカスカのものだったことです
おかげで剥き進んでいるうちに、薄白い鬆(す)が出てくる始末でしたが、「試し切り」なので良しとしました(この後、「
大根のマリネサラダ」に仕立て、おいしく頂きました)
この包丁の刃付けについてですが、「
やや鈍角の片ハマグリ」にしています
さらには裏側からも(ごくわずかですが)
糸刃を付けるなど、和食の職人さんが見たら眉をひそめそうな刃付けに仕立てています。
ですがこれは、家庭で使う包丁として、使う人のことを考えて試行錯誤をした結果の選択です
通常の刃付けをしていた時期もあるのですが、薄刃包丁としての普通の刃付をすると、小さな刃こぼれがよく生じていたので、意図的に鈍角にして強い刃に仕立てています
刃付けは、「使う人に合わせた刃」に仕立てなければ意味がありません
現状の、「
切れ味よりも刃の強さを優先させた刃付け」であれば、母が使ってもあまり刃こぼれが生じませんので、実用的なだけでなく、刃の修正で研ぎ減らすことも少なくなり、包丁の寿命が伸びて良いことづくめです
裏押しもやや広めになっていますが、この程度であれば刃抜けの良さにはさほど影響が出ませんし、裏押しを細くしすぎると、二つ割にする際に刃が曲がって入っていきやすく、極端な糸裏は逆に使いにくいと考えています
ちなみに、裏側の糸刃の状態は、上の画像の上部で確認できます(刃の際が細く光っている部分がそれです)
薄刃包丁の現在の状態(カスタムしました)
この包丁の現在の状態ですが、より長持ちするように、
中子の防蝕を目的としたカスタムを施しました
具体的な作業内容ですが…
1.柄をサンドペーパーで一皮剥き、黒カビの侵入した木部を削り取る
2.口輪を切出小刀で削り出し、槌目状の仕上げに(PC桂の外観向上と滑り止め目的)
3.柄の小口部分を内側に彫り込み、劣化した木部を削り取る
4.彫り込んで露出した中子の錆を研磨して取り去る
5.アゴの内側も磨いてツルツルに
6.彫り込んだ部分に漆を塗布、中子表面と小口の木部を保護
7.その上からエポキシを充填し、平らにならす
8.エポキシ硬化後、柄を全体的に漆で再塗装
・・・と、このような感じです
カスタムの全工程を紹介すると長くなるので、このページでは開示するのはやめておきますが、そのうち別にページを作って解説してみたいと思います
基本的には、こちらの
和包丁のカスタム(薄刃包丁) …で得たノウハウを生かし、さらに発展させたものになります
口輪がPC桂(プラスチック)であり、木材の朴も、密度の低い低質のものが使われていたため、あまり美しい外観には仕上がりませんでしたが、
機能性については確実に向上しました
ここまでの対策を施せば、中子が腐食することは、まずないでしょう(刃が無くなるまで使えます)
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