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ダマスカス包丁は、なぜVG10ばかりなのか?

最終更新日: 作者:月寅次郎

ダマスカス包丁

ダマスカス包丁にVG10鋼材が多用される理由

表向きの理由を言ってしまうと、どの包丁メーカーも、武生特殊鋼材の鋼材を使用しているからです

VG10は武生特殊鋼材のオリジナル刃物鋼であり、言ってみれば商標(商品名)です。鋼材規格名ではありません
そのため、愛知製鋼や日立金属が作ったVG10(V金10号)というのは、存在しません
AUS-8がアイチ テクノメタル フカウミ製(愛知製鋼)であり、銀三や青紙鋼、白紙鋼が日立金属製であるのと同じ理由です。SUS440Cのような「規格名」とは分けて考えなければなりません

ですので、VG10を芯材とした多積層鋼は、武生特殊のクラッド材だと考えて間違いありません

裏を返せば、現在流通しているダマスカス包丁の多くが、武生特殊の鋼材を採用しているということもできます

VG10より下位グレードが使えない「裏事情」

ツヴィリング
ボブ・クレーマー
メイジ シェフ
ダマスカス

ただ、これだけでは説明できない「裏事情」というものがあります

確かに、クラッドメタル(利器材)の分野では武生特殊鋼材が有名であり、多積層鋼材の実績も豊富というのは、理由の一つです。…ですがそれだけではありません
武生特殊には、VG10以外にも多数のオリジナル鋼があります。ですが、ダマスカス包丁に使われるのは、もっぱらVG10を芯材に使用した多積層鋼です

VG10が採用される本当の理由は何かというと、 VG10より低グレードの鋼材を使用すると、製品内容と価格がアンバランスに乖離してしまい、「ダマスカスは見た目だけ」というのが、もろに露呈してしまうので、実質的に使えない …というのが理由です

 一歩踏み込んで、より具体的に説明してみましょう

ダマスカス包丁は、どうやっても「高級包丁クラス」の価格になる

ダマスカス包丁を作るには、特別な加工が必要です
  1. 多積層鋼材の使用
  2. 模様に「目玉」や「波」を出すための槌打ち
  3. 槌打ちで生じた凹凸を、平面になるまで削り取る
  4. 模様出し加工(ブラストや酸化被膜処理)
…などです。これらは本来包丁を造るには、全く必要のないコストです

ダマスカス包丁の販売価格には、これらの加工コストが上乗せされますので、結果的に「かなり高額な包丁」にならざるを得ません
つまりダマスカス包丁は、(低グレードの鋼材で作ったとしても)価格だけは必ず「高級包丁」になってしまうのです (そうしないと採算が取れません)

本来必要のない加工コストを、どう帳尻合わせるか?

堺孝行
槌目ダマスカス
剣型三徳

製品価格は高くせざるを得ないのに、切れ味を左右する「芯材」が貧相では釣り合いが取れないので、必然的に「知名度の有る高級鋼材」を採用するしかありません

つまりVG10鋼材は、ダマスカス包丁が高価である「理由付け」の一つとして、消費者を納得させるために使われていると言っても過言ではありません
言ってみれば、「帳尻合わせ」です

下位グレードの鋼材でダマスカス包丁を作ると、「価格が高いだけで、それに見合った切れ味や刃持ちが出ていない、ダメな包丁」ができあがります

そうなるともう、高額な包丁である理由を誤魔化すことができません
それは流石にマズいですので、VG10より下位グレードの鋼材を使えないのです

鋼材メーカもこのあたりはよく判っています。そのため、下位グレード鋼材を芯材に使用したダマスカス用積層材を製造することはありません
結果として、どの包丁メーカーも判で押したように、「ダマスカスはVG10」となっているのが原状です

※ VG10(V金10号)を含む刃物鋼材の解説については、包丁の鋼材(ステンレス刃物鋼)のページをご覧ください

下村工業
村斗 Sharp


村斗 Fine
「高級鋼材」=「高額な鋼材」とは、必ずしも言い切れません

確かに、相対的な価格の差異はあるのですが、1本当たりの鋼材材料費は微々たるものです
どの鋼材を使うかは、包丁価格の決定的要因とはなり得ません
(粉末冶金などの製法が特殊なものは除きます)

むしろ、ハンドル素材や口金の有無の方が、大きく価格を左右します
このあたりは、AUS10鋼材を使用した下村工業の「村斗 Fine/Sharp」の価格を見るとよく判ります (左の画像の商品です。テキストリンク先で詳しく解説していますので、ご参照下さい)

また、一枚物のプロ用高級包丁になると、「切削コスト」が製品価格を最も押し上げます
MISONOの包丁が高いのは、一枚物で削りが丁寧だからです(テーパーの付け方が絶妙です。3枚合わせは側面が柔らかいので削るのが楽なのです。ダマスカス包丁も、広義ではこの「3枚合わせ」の範疇に入ります)

このように、包丁の製造コストは、かなりの部分を「加工費」が占めています
大メーカーになるほど、大量仕入れが可能ですので、その傾向がより顕著になります

高級包丁の価格が高い場合は、鋼材が高級だからではなく、「凝った造り」にしているため、加工コストが高くなっているからである場合がほとんどです(大量生産の洋包丁の場合です)

ダマスカス包丁

同じ鋼材を使い、基本に忠実に包丁を作ると、同じ外観の包丁になりがちです
結果として、他社製品との差別化が計れなくなり、詰まるところ価格で勝負するしかなくなります
そうすると、規模の大きな貝印(関孫六)の一人勝ちになってしまいます

ここで困るのは中小の包丁メーカーの方々です
価格では勝負できませんので、槌目を入れたり、模様の出し具合にこだわったり、積層枚数を多くしたり、ハンドル素材に特殊なものを使用したり…と、さまざまな工夫をしておられます
※ 「さすがにこれはちょっと?」と思うような包丁は、こちらの おすすめのダマスカス包丁を選ぶ - 包丁マニアの裏話 に、こっそり書いています(探してみて下さい)

もちろんそれらは、 製品価格を押し上げるだけで、切れ味には何ら影響を及ぼしません
個人的に「値段が高くなるだけで意味がない、消費者を釣るための釣り針」だと思って、生暖かい目で見ていますが、
世の中には、「値段が高いと、その分だけ切れ味が優れている」と誤解する方もおられますので、一定の効果を挙げているようです

ダマスカス包丁

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