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包丁の樹脂ハンドルは、どれも同じではない

最終更新日: 作者:月寅次郎

包丁のハンドル(樹脂)

樹脂ハンドルは、どれも同じではない

樹脂ハンドルは、どれも同じだと思ってはいけません。素材によって特製が異なります
安っぽいプラ材、高級感を醸し出せるエンジニアリングプラスチックなど、さまざまです

公式ページの商品画像は、プロのカメラマンが撮影しているため、どの包丁も魅力的な質感に写っていますが、実際の包丁を家庭で使い込むと、見た目の違いが如実に現れてきます

まずは、ヘンケルスがハンドルに使用してる樹脂素材を一覧表にしてみましょう

ヘンケルス - Henckels
モデル名 ハンドル素材
ロストフライ POM樹脂
ベルリン ABS樹脂
HIスタイル エリート
セーフグリップ サントプレン
HIスタイル PP樹脂
ケルン

この中でおすすめできる樹脂素材は、POM樹脂(ポリアセタール)とABS樹脂、そしてサントプレンです

はっきり言ってしまうと、PP樹脂(ポリプロピレン)は、あまりおすすめではありません

PP樹脂(ポリプロピレン)が、おすすめではない理由

ポリプロピレンは、分類すると汎用の結晶性樹脂に相当します
身近な使用例としては、ビールケースや自動車の内外装用黒色樹脂パーツが挙げられます
この素材は、紫外線の影響などによって表面の艶が失われ、徐々に白く粉を吹いたようになってきます

Henckels
ケルン

このように、ポリプロピレンは耐候性に優れておらず、長期間使用していると外見の「やれ」が目立つようになり、非常に安っぽく見えてくるプラスチックです

また、POM樹脂やABS樹脂に比べると、硬度や耐摩耗性も低いため、比較的傷が入りやすい素材でもあります
そのため、新品の時はさほどでもありませんが、使うにつれて「プラスチック感」が露呈し、「安物感」が出てしまいやすい樹脂素材と言えます

さてここで、冒頭の画像をもう一度良く見てみましょう
下の画像は、経年で劣化した「ヘンケルス ケルン」のハンドル(ポリプロピレン樹脂製)です

包丁のハンドル(樹脂)
元々は黒かったはずの表面は、白く変色し、細かい傷も多数入っています
白化するのは、素材表面に極微細なヒビが入り、光を乱反射させるているからです

また、簡単に傷が入ってしまうのは、素材本来の硬度が低く、柔らかいために他なりません
POM樹脂のようなエンジニアリングプラスチックですと、この様な顕著な劣化を見せません

Henckels
HIスタイル

100均の包丁(ダイソーのGalaxy万能包丁)も、樹脂ハンドルですが、これにもPP樹脂が使用されています
なぜPP樹脂を使用するかと言うと、材料コストが安いというメリットがあるからです

会社の給湯室や町内会の集会所など、「予算がないので、とにかく低価格で!」という場合には良いですが、家庭で使う分には、おすすめしにくいハンドルです

そのため、今回の「ヘンケルスおすすめ包丁ランキング」でも、PP樹脂を採用している「ケルン」と「HIスタイル」は、どちらも低評価・低順位としました

ABS樹脂は、耐摩耗性と強度に強く、耐久性のあるプラスチック

Henckels
HIスタイル
エリート

ベルリン」と「HIスタイルエリート」に使用されているABS樹脂は、一定の機械強度があり、光沢のある表面に仕上げることができるため、家電製品の外装パーツに多用されています

家電製品のリモコンは、このABS樹脂製がほとんどです。ちなみに、LEGOブロックもABS樹脂でできています
ABS樹脂は、本来は「アクリロニトリルブタジエンスチレン共重合合成樹脂」なのですが、名称が長すぎるため、ABS樹脂と略称で呼ばれています

POM樹脂は、5大汎用エンジニアリングプラスチックのひとつ

Henckels
ロストフライ

一方、ロストフライ」に使用されているPOM樹脂は、エンジニアリングプラスチックの代表格のひとつです
(左の画像の商品です、実売価格が表示されない場合は広告ブロッカーをOFFにしてご覧ください)

POM樹脂は、割れにくて削れにくく、自己潤滑性も持っているため、歯車や軸受けなどの動力伝達部品にも使用されます
耐摩耗性に優れているため、リコーダーや自動車のシフトノブなどにも使われています
POM樹脂は、正しくは「ポリアセタール」、もしくは「ポリオキシメチレン」です
「ジュラコン」という商品名(商標)が有名になってしまったため、POM樹脂を指して「ジュラコン」と呼ぶ場合も多いです


POM樹脂とABS樹脂は、どちらがおすすめ?

ツヴィリング
ツインプロHB


ビクトリノックス
グランメートル

さてこの、ABS樹脂とPOM樹脂ですが、包丁のハンドルとしての適性を考えると、POM樹脂の方がおすすめです

POM樹脂はプラスチック特有のカスカスした感じがなく、一定の弾性があるため、しっとりした触感と艶感を出すことができます (表面をどのようなテクスチャーに仕上げるかにもよります。弾力があるという意味ではありません。硬質でソリッドな素材です)
端的に言ってしまうと、プラスチックではあるものの、それなりに品位のある高級感を出せるのが、このPOM樹脂なのです

残念ながらPOM樹脂ハンドルの包丁は、(ヘンケルスでは)ロストフライしかありませんが、上位ブランドであるツヴィリングでは定番のハンドル素材として多用されています

例を挙げると「アーク」、「ツインプロHB」などの定番包丁、さらには、ル・コルドン・ブルー共同開発の「ツヴィリング ディプロム」もPOM樹脂ハンドルです

ビクトリノックスでは、高級包丁である「グランメートル」のハンドルにPOM樹脂が採用されています

関孫六では、「ほのか」と「茜」というエントリークラスの包丁に採用されています

包丁のハンドルに使うプラスチック素材としては、PP(ポリプロピレン)よりもABSが、そしてABSよりもPOM(ポリアセタール)樹脂の方が、おすすめです

● 関連ページ:関孫六の「おすすめ包丁」は?

サントプレン樹脂とは?

サントプレンは、分類すると「オレフィン系エラストマー樹脂」にあたります
ムチムチとした張りのある弾力を持った素材です
樹脂ではありますが、プラスチックというよりもゴムに近い素材です

セーフグリップ

Henckels
セーフグリップ

セーフグリップ」(上の画像の包丁)に使用されているサントプレンは、コルクと同程度の硬さがあり、爪を押し当てるとわずかに凹みます(腰のない柔らかさではありません)

POM樹脂やABS樹脂のように、硬度のあるカチッとした素材ではありませんので、一律に比較はできませんが、濡れても滑りにくく、安定した握り心地を得られるため、おすすめの素材の一つです

ただ、外観や質感は硬質ゴムに近いものがありますので、高級感という面では分が悪いことも否めません
(上の画像は、我が家にある2年半使った状態のセーフグリップです。きれいな状態を保っているのは、研ぐ度に丁寧に洗浄しているためです)

ヘンケルスの包丁で、木製ハンドルはないのか?

ビクトリノックス
ローズウッド


スイスモダン
ウッドシリーズ
木製(積層強化木)のハンドルは、ヘンケルスにはありません
樹脂グリップと、ステンレスグリップの2種類しかありません

ヘンケルスも、以前は積層強化木ハンドルの包丁を作っていましたが、「機能、生産性、コスト等を総合的に考えた場合、ハンドル素材は樹脂を使用するべき」だと判断したのでしょう
積層強化木ハンドルの包丁は、製造されなくなってしまいました

同じ西洋のメーカーでも、ビクトリノックスはウッドハンドルに価値を置いており、歴史と伝統のローズウッドシリーズに加え、現代的なスイスモダン・ウッドシリーズをラインナップに加えています。
このあたりは合理性一辺倒ではなく、カトラリーとしての美と質感を大事にするスイス人気質を感じさせるところです

一方で日本の包丁メーカーは、低価格の包丁は樹脂ハンドル、中級・高級包丁は積層強化木ハンドルと、相場が決まっています

このあたりは、素材に対する考え方の、国民性の違いとでも言うべきでしょう

樹脂素材は、耐久性や耐水性など、包丁のハンドルに要求される性能では全く問題ない水準に達しています
素材としての性能や合理性だけを考えれば、(安物のプラ素材を除けば)「樹脂ハンドルがベスト」とも言えるのです
ですが、日本の消費者は「プラスチックは安っぽい」と捉える傾向があり、「木質感」を高く評価する傾向にあります
(そのため、国内メーカーは積層強化木をやめることができずにいます)

ヘンケルスも、ある程度日本のマーケットに合わせて商品開発をしているのですが、ことハンドルに関しては、ドイツの合理性を優先させているもようです

ツヴィリングの最高級包丁も、実は樹脂強化ハンドル

ツインセルマックス
MD67
「ツインセルマックス」「タクミ」「ボブ・クレーマー」の3シリーズは、ツヴィリングの中でも最も高価な包丁ですが、これらのハンドルには「マイカルタ」という一種の樹脂素材が採用されています

このマイカルタというのは、かなり昔からある素材で、機械的強度や耐久性・耐摩耗性などで比較すると、現代的なエンジニアリングプラスチックには負けてしまいます
特に耐光性についてはあまり良いとは言えず、明るい色の製品は、紫外線に当たると変色・退色しがちです
性能だけで考えると、現代的なPOM樹脂に一歩劣る存在なのですが、3万円以上するような高級包丁や、高価なカスタムナイフに使われることが多いのです

そもそもマイカルタとは?

ツヴィリング
ボブ・クレーマー

EURO

ビクトリノックス
アウトドアマスターL

そもそもマイカルタは(Micarta)は、1910年代にアメリカのウエスチングハウス社で開発された素材で、マイカルタという名称は商品名(商標)です。当時は主に発電機等の絶縁材として使用されました

マイカルタは、麻布やリネン布にフェノール樹脂を浸透させ、積層、硬化させた樹脂です (紙や木材ベースのマイカルタもあります)
コットンマイカルタやリネンマイカルタ、ペーパーマイカルタは繊維強化性樹脂とも言えますので、一種のFRPとも言えます

ちなみに「積層強化木」も、木材にフェノール樹脂を浸透させて積層し、プレスで一体化させたものですので、実質的にはウッドマイカルタと変わりません 他社の商標なのでウッドマイカルタとは呼称できず、積層強化木と呼んでいるだけです

さらに言うと、安価な電子基盤の一つに「紙フェノール基盤」(別名ベーク板)というのがありますが、これは紙を基材としたペーパーマイカルタと実質的に同じです

わたしがマイカルタに初めて触れたのは1980年代後半で、ナイフハンドルとして目にしたのが最初でした
当時は、木製ハンドルに真鍮ボルスターの組み合わせが主流でしたので、GerberやBuckなどの著名ナイフメーカもそのスタイルであり、マイカルタは(例外もありますが)廉価版のナイフに使用される傾向がありました

それがいつの頃からか、高級シースナイフにマイカルタを使用し、ハンドルの丸みを際立たせて積層模様を際立たせた作りが人気となってきました
高級カスタムナイフの世界で、マイカルタハンドルが人気になってしまったのです

現代的なエポキシ樹脂ベースのG-10、ナイロン系樹脂であるポリアミド(ザイテル)などは、安価で大量生産可能なのですが、コスト的なメリットから低価格ナイフに多用された結果、逆にそれがネガティブに働いて「安物のイメージ」も付いてしまいました

また、マイカルタであれば、個人DIYでも、素材自体の製作が可能というのも追い風となりました
実際に、マイカルタを自作する様子をYouTubeにアップしている人も多いです

マイカルタの魅力と、高級包丁にしか使えない理由

G10
ダマスカスパターン

マイカルタの魅力を一言でいうと、削り込んだ時に現れる積層模様です
一般的な包丁のハンドルは、側面を平らに仕上げるため、この積層模様が活かせません

ですので、マイカルタを採用する場合は、しっかり削り込んで樽型のハンドルに仕立てることが多いのですが、この「削り工程」は加工コストが掛かるため、包丁の価格自体を大きく上昇させてしまいます

そのためどうしても、高級鋼材を使った凝ったハンドル形状の包丁にしか採用することができません
マイカルタが高級包丁に採用されがちな理由は、このような理由によるものです

さらに付け加えるならば、有機的な素材を基材に使用しているため、G-10やザイテル、キリナイト(Kirinite)のような現代的な樹脂素材にない暖かみを持っています

ナチュラルウッドやスタッグ(鹿角)のような天然素材は、どうしても取り扱いに気を使う必要がある一方で、G-10やザイテルのような合成樹脂は、無機的で面白みがありません

マイカルタは、天然素材と合成樹脂を組み合わせているおかげで、「そこそこナチュラル感もあるけれども、それなりにラフに使える実用性をも兼ね備えており、ある意味絶妙のバランスを持っています

その独特の風合いは、一部のカスタムナイフ愛好家から根強い人気を誇っています

包丁の樹脂ハンドル素材について、ここまで踏み込んで解説したページは、恐らく当ページだけでしょう
そういう意味では、オリジナリティの高いコンテンツですが、このような時間をかけて調査してまとめた記事を、無断でコピーされるのは、なんともやりきれません

 と、いうわけで、事前に警告しておきます

※ 「キナリノ」や「サキドリ」、「マカロニ」などのライターの皆様、当ページの内容を換骨奪胎してページを作らないでください(最近安易に内容をパクる人が多いので、先に釘を刺しておきます。YouTuberや個人ブロガーの皆様も同様です)
人の道から外れてはいけません (お目汚し失礼いたしました)

ヘンケルス包丁の選び方(全モデル解説) 目次

  1. ヘンケルス包丁の選び方 - 鋼材で選ぶ必要はない
  2. ヘンケルスの鋼材 - 特殊ステンレス刃物鋼とは?
  3. 樹脂ハンドルは、どれも同じではない
  4. ケルン - (第6位)安っぽいPPハンドル
  5. HIスタイル エリート - (第5位)コスパ悪すぎ
  6. HIスタイル - (第4位)変なハンドル
  7. セーフグリップ - (第3位)滑りにくいムチムチ素材
  8. ベルリン - (第2位)ヘンケルスらしい
  9. ロストフライ - (第1位)定番ロングセラー
  10. 結論1(樹脂ハンドル) - ヘンケルスおすすめ包丁ランキング
  11. ケルンM(第4位) - すべてがパッとしない
  12. HIユニティ デイリー - (第3位)ツルピカ溝付で良いのか?
  13. ミラノα(第2位)弱点が少ない
  14. MODERNIST - (第1位)国内販売が望まれる
  15. 結論2(オールステンレス) - ヘンケルスおすすめ包丁ランキング

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月寅次郎の包丁解説(裏話)

月寅次郎が実際に使っている包丁(使用包丁一覧)

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